福島県の受験事情

フリーライター小林拓矢(コバタク)が自身の出身地である山梨県の高校受験について書いている*1ので、わたしも福島県の高校受験事情、それも大学受験を視野に入れた高校受験について書いてみることにする。わたしは高校を卒業してはや7年が経とうとしているが、4歳と8歳離れた弟が2人おり、後者はまだ高校2年生ということもあり、わたしは同年代の人間よりはその事情に詳しいと自負できる。

ちなみにわたしは(このブログの多年にわたる読者ならすでにご存知であろうが)郡山市出身で、安積(あさか)高校の卒業生なので、控えめに書くつもりではあるが、それでも他市、他校に比べて出身地、卒業校に対してひいき目がないわけではないことは予め言っておきたい。
福島県には、いわき市の福島工業高専(国立)以外には、県立高校以外の公立高校(市立高校など)はない。つまり福島県には、高専を除けば、県立か私立の高校しかないわけである。

福島県の高校教育政策に関して言えば、それを実施する行政側も、それを受容する県民側も、あきれるほど――しかしよくも悪くも――保守的である。唯一の革命的な高校教育政策は、しかしながら全く無用の長物でもあった別学県立校の共学化くらいである。小林が言う「総合選抜制度」や、宮城県でも2010年度より実施される「全県一学区制」などは、福島県の高校受験生には無縁であったし、これからも無縁であろう。ついでに言えば、県民の中では「全県一学区制」には反対の人が明らかに多いようなのである*2

福島県民が「全県一学区制」に反対するのには、明らかな理由がある。福島県は太平洋側から、阿武隈高地奥羽山脈を境として、浜通り中通り会津地方と3地方に分けられるが、これら3地方は文化的にも風土的にも異なっているにもかかわらず、廃藩置県に伴って1つの県としてまとめられたものなので、例えば宮城県に見られるような、県庁所在地を中心とした県としての一体感はあまりない。それゆえ、地元の将来のリーダーになるかもしれない人材は、地元の伝統校で養成したいという気風が各地方で根付いているのは恐らく間違いない。だから、地元に伝統校を持つ住民たちは、そのレヴェルが凋落する可能性のある政策に与することはできないのである。

ここでわたしが言う「伝統校」とは、旧制中学校をその前身に持つ4つの旧男子校、および旧制女学校を前身に持つ4つの旧女子校、現在はいずれも共学の8高校のことである。すなわち、浜通り南部のいわき市にある磐城高校と磐城桜が丘高校(旧・磐城女子高校)、中通り北部の福島市にある福島高校と橘高校(旧・福島女子高校)、中通り中部の安積高校と安積黎明高校(旧・安積女子高校)、会津地方中部の会津若松市にある会津高校と葵高校(旧・会津女子高校)である。このほか、中通り南部の白河市にある白河高校、浜通り北部の相馬市にある相馬高校、会津地方北部の喜多方市にある喜多方高校なども、その周辺地域においては主要な伝統的進学校だが、現在では大学受験実績の点で上記8校に比べると(かつてはそれらに引けを取らなかったものの)、「格」が落ちると考えられていると言って過言ではないだろう。

生まれも育ちも郡山市であり、郡山商業高校出身であるわたしの母(1955年生)に聞いた話を総合すると、1970年代前半ぐらいまでは、高校受験をする郡山市の中学3年生のうち、大学に進学したい男子は安積高校に、女子は安積女子高校に、高卒で就職を希望する者は郡山工業高校や郡山西工業高校(2校は合併し、のちの郡山北工業高校)、郡山商業高校、保育科や家政科を有していた郡山女子高校(現・郡山東高校)などに進学していた。これが往時の郡山市の高校受験風景だが、その他の地域も大体同じであっただろうと予想される。この頃は郡山市にあった私立高校に関して言っても、日本大学東北工業高校、郡山女子短期大学附属高校(この2校には創立当初から普通科もあった)、安積商業高校、日本女子工業高校というように、いずれも戦後の創立だが、実業系の高校ばかりであった。

しかし1977年に郡山西高校跡地に郡山高校(普通科、のち英語科も)ができ、96年に定時制の安積第二高校があさか開成高校(全日単位制の国際科学科)に、98年に郡山女子高校が共学化して普通科のみの郡山東高校になったように、全国的な大学受験生の増加に合わせて、市内県立高校も普通科や英語科などの大学受験に対応できる体制へと改編されていった。また私立高校に目を転じれば、日本大学東北工業高校は78年の日本大学東北高校への校名変更を皮切りに段階的に実業系学科を廃止して普通科重視の姿勢となり、現在は普通科のみである。安積商業高校は74年に普通科設置し、88年に帝京大学グループと提携したことにより帝京安積高校へと改称した。日本女子工業高校も74年に普通科を設置し、90年には共学化して尚志高校と改称した。現在、市内4私立高校のうち、日大東北と尚志には特進コースが設置されている。しかし、このように大学受験を志向する高校が増えても、郡山市およびその周辺地域における安積高校と安積女子高校の優位は一切揺らがなかった。

こうした別学の伝統校2強が絶えずヒエラルキーの頂点に居座り続けるという構図が変わったのは、01年安積、安積女子、磐城、磐城女子の、03年福島、福島女子、会津会津女子の共学化によってであろう。郡山市に関して言えば、共学化以前も進学実績は安積のほうが安積女子よりも上であった。それはなぜかと言えば、こう言っては悪いが(しかし真実であろうが)、女の子は浪人を避けるために国立にせよ私立にせよ“安全パイ”の大学を受験するからである。それは安積女子のみならず、福島女子、磐城女子、会津女子においても同様であろう。その上で共学化が実施されたのだから、高校入試の結果だけを見れば、共学化以前は安積高校に合格していた下位層が安積黎明に、安積女子に合格していた上位層が安積に進学するようになった形である。これにより、安積黎明高校の数的にはともかく、質的な大学進学実績が落ちたのは間違いない。だがだからと言って、共学後の安積高校の進学実績が“多少は”よくなったが、“共学化以前に期待されていたほど”よくなったわけではなかった――これは男子校の最終年度に安積高校に入学したわたしの実感である。まあこれが、郡山市とその周辺地域の高校生の限界なのかもしれない。

しかしながら、共学化の実施(と少子化に伴う県立高校の定員削減)により、両校の合格倍率が上がり、中学生の学力上位層の流動化が進んだことは間違いがない。わたしが安積高校を受験した00年度一般入試の倍率は、1.1倍弱程度だった(定員は360人)。これが、両校とも最近は1.3倍程度にまで上がっていると記憶している。それゆえ学力上位層が、安積や安積黎明を避けて“安全な”市内第3位の郡山高校などを受験したり、両校のどちらかを不合格になって滑り止めの私立高校に入学することになったりするわけである。

わたしの愚弟(21歳)は安積高校を落ちて日大東北高校に進学した(しかも特進コースではない)が、某地方国立大学に現役合格した(但し自己推薦入試で)*3。またこの愚弟の後輩は郡山市に隣接する須賀川市の出身で愚弟より1歳年下だが、須賀川桐陽高校(旧・須賀川女子高校)から同じ大学に現役合格している(こちらも推薦入試で合格だそうな)。愚弟に関して言えば、彼の学年で日大東北からこの大学に入ったのは彼一人だったが、その2年後(つまり愚弟の2学年後輩たち)はこの大学の合格者が4人に増えている。

もっと如実なのは、いわき市の情勢である。ウィキペディアによれば、01年創立の私学、いわき秀英高校が磐城桜が丘高校を抜いて、いわき地区で第2位の進学実績を上げているというのである*4ウィキペディアの情報なので割り引いて考えるべきだが、全くの嘘というわけでもないだろう。いずれにしても、伝統的なかつての女子校が共学化によって割を食っているのは間違いがない。

共学化によって、各地区のかつての2強校のどちらか一方(恐らく全て旧男子校の側)が実績を伸ばしたことは間違いがないが、顕著に伸ばしているわけではない。それは言い換えれば、各校とも共学化の以前も以後も別に指導方法も方針を変えているわけではなく、ほとんど受験生自身の努力のみによって勝ち取られた実績である。だからもしかすると、例えば安積高校から東大に合格した女子生徒は、共学化が実施されず、安積女子高校に進学していたとしても、結局東大に合格していた可能性は大いにありうるとわたしは言いたいわけである。共学化以前に安積で東大10人、安積女子で東大10人合格していたところを、共学化以後に安積で東大20人合格したが、安積黎明で東大0人では、大学受験に関して言えば、何の意味もないのである。

共学化によって学力上位層の流動化が起こり、かつての2強校以外からも難関大学に合格するようになったことは間違いないが、学年も地域も未だ限定的であり、この情勢が継続されるかどうかは極めて不透明である。いずれにしても進学実績を上げたい場合、1つの高校だけの努力だけではどうにもならず、全体でのボトムアップが重要であり、その意味で各地区第3位以下の県立高校や私立高校の取り組み次第で、地区全体、県全体の実績が上向いてくる可能性がある。福島県の場合、共学化によって各地区のヒエラルキーが整えられはしたが、それからすると「全県一学区制」にしたところで、大きい単位でのヒエラルキーが整えられはすると思うが、だからと言って進学実績がそれ以前と比較して県単位で向上するとはちょっと思えない。結局、保守的と言われようが、現状維持がベターである。

*1:http://d.hatena.ne.jp/tazan/20091121(09年11月22日)

*2:http://www.inter-edu.com/forum/read.php?1639,996702(09年11月22日)

*3:愚弟の名誉のために付言すれば、わたしの知る限り、安積や安積黎明に進学した弟の同級生が中堅以下の私立大学に行ったり、国立大学に進学しても一浪ののちだったりすることを鑑みれば、弟は十二分に高校受験のリヴェンジを果たしたと言えると思う。但し、わたしの小学校1年から小中高と同じ学校に通った友人(彼は千葉大学に現役合格)の妹(弟の中学の同級生)が、安積高校から筑波大学に現役合格したのを聞いたときは、さすがに驚き呆れた。

*4:いわき秀英中学校・高等学校 - Wikipedia(09年11月23日)