教育論と日本の「世間」批判から

YOMIURI ONLINE駒大苫小牧の処分、高野連が9月決定の見通し」*1

駒大苫小牧高校野球部の部長(27)が、3年生部員に暴力を振るったとして謹慎処分になった問題で、北海道高校野球連盟(道高野連)は23日朝、同校の篠原勝昌校長から電話で、不祥事について報告を受け、上部団体の日本高等学校野球連盟高野連)に伝えた。

高野連はこれを受け、協議を始めた。近日中に同校から提出される事後報告書で詳細を把握し、処分を審議した上で、日本学生野球協会審査室に上申、来月開かれる予定の同審査室会議で正式に処分が決まる見通し。

ただし、31日に組み合わせ抽選が行われる秋季全道大会支部予選への出場の可否については、それまでに高野連が判断する。

高野連の高悦夫会長は「報告が(暴力行為があってから)遅れたことは残念。校長からは不祥事についておわびしますという趣旨の言葉があった」と説明した。

同校は23日、全校集会を開き、事実関係を説明した。また、同日の授業は中止し、生徒を帰宅させた。

同校の生徒らによると、集会は午前9時から、体育館で約30分間開かれ、篠原校長が、「暴力事件を起こして申し訳ない」などと謝罪した。

ただし、詳しい内容には触れず、今後の野球部の公式試合への出場や、優勝旗の取り扱いなどについての話は出なかったという。集会の場に香田誉士史(よしふみ)監督や部員の姿はなかった。

同校の原正教頭は23日正午過ぎ、同校で記者会見し、篠原校長が同日、全校集会とは別に野球部員に対して事実関係について説明したことを明らかにした。

篠原校長は「私が一番悪い。すぐに甲子園から引き揚げても良かったが、被害者の家族が、(公表は)大会が終わってからにしてほしいということだった」と部員に謝罪した。部員の中には、涙を流しながら聞いている者もいたという。

原教頭は「保護者と校長の話し合いの中で、納得して報告しなかったが、報告が遅れたという事実を指摘されれば、謝罪するしかない」と述べた。被害者の部員にはまだ事情を聞いていないが、「出来るだけ早く聞きたい。保護者とも、もう一度話したい」としている。

原教頭は、香田監督のコメントとして「被害者には問題はなく、我々指導者側の問題。監督として部長をしっかり監督できれば良かった。責任を感じている」との談話を発表した。

一方、23日に北海道苫小牧市で開催される予定だった優勝報告会は中止となった。(2005年8月23日14時5分 読売新聞)

最近のマスコミ報道では、学校側と被害生徒との和解が成立したとあるが、まずこの駒大苫小牧高校野球部の問題を整理したい。暴力を振るったのは指導者側である野球部部長*2であり、振るわれたのは選手である生徒である。つまり生徒間で暴力事件が起こった明徳義塾高校野球部とは問題の質が異なっている。事件によって、マスコミほかの好奇の目に晒されている苫小牧野球部の生徒たちは明らかに被害者であり、優勝取消などの罰はまずあり得ない。

私は、学校におけるスパルタ教育を否定しない*3。特に運動部において効果的な指導法であるのならば、例えば「褒めて伸ばす」教育同様に尊重されるべきである。しかしそれをすぐさま「体罰容認」という態度に受け取られても困る。平手1発と40発でもだいぶ意味合いが違ってくる。「体罰」はなぜ、どのように行われたのかを厳密に判断する必要がある。

同校などによると、部長は6月2日の朝の練習後、3年生部員1人がエラーをしてもふざけていたため注意したが、反抗的な態度をとったため平手で顔を3、4発叩いた。部員はあごが外れ、かみ合わせが悪くなったという。また甲子園入りした後の8月7日にも、宿舎で食事中だった同じ部員を部屋に呼び出し、スリッパで1回叩いた。夏バテを防ぐためご飯を3杯食べるという約束だったが、2杯目に3分の2を残しておかわりに行き、おかわりをするふりをしてご飯をおひつに戻したのを、部長に注意されたという。この部員は甲子園では登録されておらず、ベンチ入りもしていない。暴力をふるった時には香田誉士史監督はその場にいなかったという*4

上記の引用にあるような事態が、同部長の「逆鱗」に触れたようだ。苫小牧高校側は、指導は感情的に行われたものではないと弁明しているが、被害者側の「平手40発」という主張を信じるならば、そこに理性という自制がなかったことはやはり感情的であったと断ぜざるを得ない。体づくりのために沢山食べることは重要であるが、しかし無理に食べさせることは生徒の人権無視とも言える。恐らく事情はこれだけではなさそうだが、被害生徒の言い分である40発は1度に殴られたのか、それとも殴られた総数なのか、殴られたのは彼だけなのか、などと検証すべき事件背景は多岐に亘る。

さて、以下に述べることはあるサイトで指摘されていたことなのだが、先に述べた明徳義塾高校の野球部員も事件を起こしているように、高校野球に関する教職員や生徒が起こす事件というのが、他の部活動関係者の起こす事件に比べて多い。当初私も確かにその通りだと思った。

しかし、それは恐らく真実ではないだろう。ただ多いように見えるだけである。言い方に問題があるかもしれないが、他の部活動関係者も同様に問題を起こしている。しかしそれでも野球部だけが特別クローズ・アップされるのは、「日本人が高校野球好き」だからであろう。

ウェブサイトAll Aboutに記事を書いている福島県出身の大学生・かなけいさんは以下のような指摘をしている。即ち、「甲子園」は大人のためのショーだという。

さて、みなさんは、開会式での中山文部科学大臣のスピーチを覚えているでしょうか?いろいろ話されていたのですが、1番鮮明に残っている部分は「外から選手を集める傾向があり、郷土の応援という高校野球の本質にかかわる問題だ」という部分でした。これは、高校野球における野球留学を公式に批判した、歴史的なスピーチでした。

野球ガイドのコモエスタ坂本さんも書いているのですが、「なぜ甲子園ではあんなに歌を歌うのか?」という疑問があります。また、歌に関わらず、「なぜ、たかが高校生の部活の大会にこれほどの注目が集まっているのか?」と疑問に思っている人は少なくないと思います。ここで注目すべきなのは、高校生が甲子園を夢見て高校野球をしているというのは、果たして高校野球の本質なのか?ということです。

自分は、現代高校野球の本質は「高校生のひたむきさからパワーをもらえ、さらに、郷土意識の強い日本人が、夏の風物詩として故郷を応援できるよう、大人の作り出した娯楽」と考えています。大昔はそれが「郷土」がさらに絞られて「母校」意識が高かったため、母校のためとして、校歌も歌いますし、校旗も掲げます。自分はこの慣習は嫌いではありませんが、なぜ?と思う人がいるのも当然でしょう。

実は先ほどの中山文部科学大臣にも、高校野球の持つ社会性の押し付けが表れています。「高校野球は、ひたむきなものでなくてはいけない。郷土に誇りを持って行動しなければいけない。野球だけやっているのは高校野球ではない。」これらの考え方は、高校生に、なぜ野球がやりたいのにこんな拘束を受けるのかとの感情をもたらします。これは、選択肢の多い現代っ子からすれば、野球離れにつながる可能性があります。*5

引用文中にある中山文科相が行った批判は以下。

nikkansports.com「中山文科相が開会式で野球留学批判」*6

中山文部科学相は6日、第87回全国高校野球選手権大会の開会式のお祝いの言葉の中で、甲子園大会に出場するために出身地と異なる都道府県の高校に進学するいわゆる「野球留学」について、「全国から選手を集める風潮がある。選手は生まれ育った土地の高校に入り、地元の人が応援できるのが本当の姿」などと批判した。また明徳義塾の出場辞退にも「勝つために手段を選ばないことは、慎まないと」とくぎを刺した。

日本高野連では「野球留学検討委員会」を6月に発足させ、野球留学の定義について「保護者が同居する自宅からの通学者」以外を、留学選手とし、全国的な実態調査をすることにしている。[2005/8/6/12:13]

私も、母校の野球部に入れ込みすぎて醜態を晒した大人の姿を目撃し、批判したことがある。勿論、私の母校である福島県安積高校の野球部を支援する卒業生たちである。彼らの高校野球に対する取り組み方は、まさにかなけいさんの指摘通りであった。私はあくまでも野球部を支援する一部の大人たちを批判していたのだが、それを彼らは野球部そのものの批判と捉え、「なぜ高校の野球部を批判するのか?」と、当時高校生であった私を変人扱いしたのだった。

このように日本社会――「世間」と呼んでもよいが――は、とりわけその大人たちは、高校野球が好きである。「甲子園」大会は全試合がテレビやラジオで全国生放送されるが、その贔屓のされ方は、他のスポーツと比較しても突出している。更に各マスコミは、チームが「甲子園」に至る事実としての「歴史(History)」をドラマとしての「物語(Story)」として再構成する。試合以外の要素をも描き出して、「甲子園」の美談や神話を強調する。

01年春の「甲子園」より採用されている「21世紀枠」の選定基準はその最たる例である。

21世紀枠」とは不思議な制度である。野球以外の要素でセンバツ出場校を決めてしまおうという制度のように思える。02年センバツの公式ガイドブック『サンデー毎日』3月23日臨時増刊(毎日新聞社)によれば、「21世紀枠」の選考基準は次のとおりだ(87ページ)。

●推薦は秋季都道府県大会のベスト8進出チームから選出する。秋季地区大会に出場していない学校も対象とする。
●当該校の野球部員以外の生徒、もしくは他校、地域にその学校の野球部の活動が、よい影響を与えた学校。
●(前の条件を満たしたうえで)いずれとも決定し難い場合、過去センバツ大会並びに全国高校野球選手権に出場経験のない学校、もしくは30年以上両大会に出場がない学校。

1番目と3番目は客観的に判断できる基準だが、2番目は曖昧だ。また、この3つの選考基準のうち、上の2つはAND条件になっている。3つ目に関しては必要条件ではない。*7

上記引用文での指摘通り2番目の基準は実に主観的であり、先に述べた中山文科相の言葉に通じる発想だ。我が母校はこの「21世紀枠」第1回で01年に初出場を遂げた訳だが、2番目の条件で決定された色合いが強いことは断言できる。我が安積高校野球部は、創部110余年を経て当時1度も甲子園出場がなく、地域の進学一番手校として「文武両道」を謳っていたところが評価されたのだ(卒業生として、言っていて笑いがこみ上げてくるが)。福島県安積高校自体も県内最古の高校であり、「勉強も部活も頑張っており、地域の誇りとされている県内最古の学校だ」というストーリーがヒストリーから脚色されるのである。日本の「世間」が好きそうな、「いかにも」な美談のできあがりである。

このようにして、高校球児たちのスポーツマンシップが大人たちの食い物にされている。優れた一部の高校球児たちは、次は大学野球界、最後にはプロ野球界が待ち受けている。敢えて指摘しておくが、春夏の甲子園朝日新聞毎日新聞が主催し、プロ野球界はご覧の通り読売ジャイアンツ、即ち読売新聞が支配している。本来このような社会問題を暴き出すはずの大手3紙が自ら社会悪を生み出す一因を担っている。


また中山大臣は恐らく「野球留学」が行われる理由を、各高校が野球部を強くしたいがため程度にしか考えていないだろう。深層に埋もれた社会的背景を考慮しない、教員行政の長として実に無責任な発想だ。愛媛新聞は「『教育の一環』の建前とは裏腹に興行化が否めない高校野球は、学校PRの格好の舞台だ*8」と述べるが、学校だけに責任を押し付ける姿勢は中山大臣と同じであり、浅はかだ。

プロ野球選手を目指す高校球児が「甲子園」大会に出場したい理由は、その大会がプロ球団や大学野球部の各チームから注目されるのに格好の舞台だからである。しかし強豪と呼ばれるチームがある都道府県では選手も選りすぐりであり、強豪校に入学したところでレギュラーには容易になれまい。ならば弱い地方の高校に「野球留学」し、活躍して注目を集めようと考えるのである。この時初めて、PRをしたい学校と高校球児たちとの利害関係が一致する。そして社会の構図として、その「野球留学」を要請するのは、プロ野球球団や大学チームことがわかる。現日本ハムファイターズであり、大阪府出身なのに宮城県東北高校で活躍したダルビッシュ有選手――今春未成年にも拘らず喫煙をし、パチンコ店に入店しても話題となった――などは最近の最たる例である*9

恐らく、今更日本社会の高校野球に対する過熱振りは抑えられまい。来年の夏も、今夏何事もなかったかのように「甲子園」大会は行われるし、テレビ朝日系列では深夜にテレビ番組「熱闘甲子園」でヒストリーから美しいストーリーが描き出されるであろう。先に挙げたかなけいさんも言っていることだが、私も「甲子園」大会自体の存在は否定しないし、全国の高校球児の目指す目標は失われるべきではない。斯く言う私の愚弟も現在野球部に属し、毎日野球に明け暮れている。ゆくゆくは「甲子園」に、なんてストーリーは思わなくもない。

しかし「世間」の「大人の皆様」には、自覚してほしいのである。自分たちの無自覚な、高校野球に対する狂信的な振る舞いが、子どもたち高校球児を苦しめているということを。その自覚に立ったとき、「野球留学」までして野球に必死にならざるを得ない高校球児たち、そうした状況下で様々な問題を彼らに起こさせる社会的圧迫に関して無関心ではいられないはずである。

参考:http://d.hatena.ne.jp/tazan/20050828#p2(フリージャーナリスト・小林拓矢さんのブログ)

*1:http://www.yomiuri.co.jp/sports/hsb05/news/20050823i505.htmより引用(09年2月12日現在、確認不可)。

*2:誤解なきよう記しておくと。この部長は生徒ではなく同校教員。

*3:社会学者の内藤朝雄が言うような、学校は学科教育(知育)だけでよいという議論は、本稿では一先ず言及しない。

*4:http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2005/08/23/01.htmlより引用(09年2月12日現在、確認不可)。

*5:http://allabout.co.jp/natumaturi/summer17/closeup/CU20050823A/より引用(09年2月12日現在、確認不可)。

*6:http://www.nikkansports.com/ns/baseball/amateur/f-bb-tp5-050806-0033.htmlより引用(09年2月12日現在、確認不可)。

*7:http://cat.zero.ad.jp/~zak87581/koukou13ko-rudo.htmlより引用(09年2月12日現在、確認不可)。

*8:http://www.ehime-np.co.jp/shasetsu/shtsu20050824.htmlより引用(09年2月12日現在、確認不可)。

*9:かなけいさんもダルビッシュ選手が「(高校野球の)記者は自分勝手だ」と語っていたことを指摘している。