大学教授のセクハラ退職

社会学者の大澤真幸が、9月1日付で京都大学の教授職を辞職したという*1。それも、他大学等への移籍などではなく、女子学生との「不適切な関係」があったためだという*2

ちなみに、辞職した当該教授が大澤であると同定できるのは、当該教授が50歳台であること、また同大総合人間科学部(人間・環境学研究科)で辞職したのは、1人だけであることから。

スポーツ報知『京大教授、女子学生にセクハラで辞職』*3

京都大は16日、学生と不適切な関係があったとして学内で調査の対象となっていた大学教員が辞職したと発表した。大学関係者によると、辞職したのは50代男性で総合人間学部教授。女子学生に対するセクハラ行為があったという。

大学によると、学生(当時)から申し出を受け、学内に調査委員会を設置して事実関係を調査し、懲罰相当と判断。調査委が松本紘学長に懲戒手続きに入るよう上申する前になって、元教授側から「大学教員として問題があったことを反省している」とした辞職通知が届いた。

岸本佳典総務部長は「本人が反省し辞職しており、退職金の受け取りも放棄しているので、懲戒解雇と同様の効果があると考えている」と説明した。

大学は、元教授の氏名や学生が申し出た時期、不適切な関係の内容は一切明らかにしていない。(2009年9月16日22時08分 スポーツ報知)

この話を聞いてわたしは、3年前、早稲田大学の「超人気教授」が、やはりセクハラで退職していることを思い出した。06年2月9日号の『週刊新潮』によれば同大政治経済学部の「看板教授」で「映像文化論や文学論を講じていた片瀬利夫氏(55)=仮名=」(pp.140-141.)である。片瀬氏(仮名)が退職しなければならなかったのは、「女子学生に対する『セクハラ』の嫌疑だった。その罪状は、ある女子学生と『合意の上でキスしたこと』。早稲田大学では、納得ずくでも、キスすることは教授職を追われるほどの『大罪』らしい」(同)。

片瀬氏(仮名)の「セクハラ退職」について、06年当時すでに近畿大学教授であったにもかかわらず、他大の「早稲田大学の最近の動向に詳しい文芸評論家」(同)の★(スガ)秀実氏(★=糸へんに圭)は以下のように指摘している。「査問委員会ではむしろ、片瀬さんの“反早稲田的な言動”つまり大学当局批判が問題になったという話も聞きました。実は早稲田が制定した新しい『服務規程』には、反早稲田的な言動を罰する規定がある。そういう動きと、今回のセクハラ退職は連動しているような気がします」(同)。

週刊新潮の記者にせよスガにせよ、片瀬(仮名)にかなり同情的だが、彼が早大内で反体制的な言動を行っていたから、セクハラを口実に早大を追い出されたという見方には、わたしは違和感を感じる。片瀬(仮名)にせよ大澤にせよ、学内に対してであれ学外に対してであれ、政治に対してであれ社会に対してであれ、公衆に向かって時として批判的な弁舌をぶつ者が、自らの発言以外の不手際に足元を救われて立場を悪くすることそのものが問題なのである。ましてやその不手際が、「セクハラ」(それが和姦であれ強姦であれ)などという下半身のだらしなさならば、言語道断である――女子学生と乳繰り合っている(という嫌疑をかけられる)奴に、普段からエラそうな口を叩かれたくないとわたしは言いたいのである。政治家のみならず、言論人もまた自らの「身体検査」を欠かしてはならない。

まあ、わたしのように大学に長居をすればするほど、大学教授のいい加減さやだらしなさというものをかなり目の当たりにするようになる。片瀬(仮名)にせよ大澤にせよ、早大教授にせよ京大教授にせよ、所詮ただの人である。早大をクビになった世お……もとい片瀬氏(仮名)はその後うまいこと東京工業大学に特任教授として拾われたので、博士号を取得し、著書も多い大澤ならば、そのうちどこかの大学に再就職できるだろうとは思うけれども、どうなんでしょうね。

お気の毒なのは、大澤のもとにいた学部生や院生である。とりわけ院生の中には、大澤は有名人なので、彼を慕ってはるばる京大にやって来た者もいるだろう。わたしも回りの院生仲間を見ていてつくづく思うが、院生には少なからず、入学前からある教授を崇拝しており、無事入学後は自らの指導教授を尊敬しすぎて神か宗教の教祖の如く崇め奉る輩がいる――わたしは特にいまの大学院に来たかったわけではなく、そこしか受からなかったから入学したに過ぎないので、彼らのそういう感傷を腐すつもりはないが、理解できない。

ともかく、院生はある大学院に入学するのであって、指導教員のゼミナールに入学するわけではない。しかし、日本の大学院には悪しき徒弟制度とでも呼ぶべきシステムが温存されているが、ある大学教員が1つの大学に何十年も留まる事態はもはや過去の話――東大や京大の教授は確かに権威はあるが、退職定年(65歳)が早く給料も安いので、私大に移るケースはあるし、若手の教授の場合、権威を求めて有名私大から東大や京大などに移ることもある――であって、突然自分の指導教員がいなくなって途方に暮れるとしたら、それらは途方に暮れるほうが悪い。指導教員が突然いなくなる――それもよりにもよってセクハラで――ことは確かにお気の毒だが、たかが指導教員一人いなくなるくらいで、自分の入学した大学院でサヴァイヴできないようでは、研究者としていかがなものか、と、同じ院生として檄を飛ばしておきたい。

学内のセクハラと「徒弟制度」

(9月19日追記)罵詈雑言を書き連ねておくだけでは格好がつかないので、大学内の、とりわけ教師の側から学生に対する、セクハラ問題について、まじめに私見を述べておこうと思う。

上でも少し言及したが、大学内においては、とりわけ指導教員と学生との間には「徒弟制度」とでも呼ぶべき関係が歴然として存在する。ある意味では、学生にはその関係が強制されると言っても過言ではない。徒弟制度とは、指導教員と学生が、職人の世界においては今でも見られるであろう「師匠と弟子」の関係にならなければならない制度であり、つまり「弟子は必ず師匠の言いつけに従わなければならない」という関係性である。

ところで、このようにわたしは大学内における教員と学生の関係をかなり否定的に見ているが、それはわたしが小学校から学部に至るまで放任主義のもとに置かれていたので、自分の勉強に関して教師からあれこれ口を出されるのがかなり嫌であるということを、一応付言しておく。というのも、そのようにして、教師にあれこれ口を出されることに対して至上の喜びを感じる院生が、少なからずどころか、かなり多くいるからである。そうした院生は「先生のお忙しいところ指導してもらって、大変ありがたい」などと言って、自ら積極的に大学教授のパターナリズムを受けている。

もちろんわたしだって、指導してくれる教師たちには“個人的には”感謝してるが、よくよく考えれば、わたしたち学生は授業料を払っているのであり、大学教員たちはその授業料を貰うために学生を指導しているのである。いわば公的、制度的には、学生はサーヴィスの受益者であり、大学教員は提供者である。とりわけこんにちのように、国公立大にせよ私大にせよ、斯様に高い授業料を取られているならば、学生と教員の間には、古き善き時代の「徒弟制度」などそぐわない――はずである。

話を元に戻すが、大学教員と学生との間のセクハラ――ことはセクハラだけに留まらず、パワハラアルハラアカハラにまで及ぶのであろうが――を考える場合、その不文律と化した「徒弟制度」を避けては通れない。つまり教師の側で「弟子は師匠の言うことを黙って聞くべき」などと考えていると、師匠は弟子の研究を剽窃し、公衆の面前で弟子を痛罵し、弟子の個人情報を「事実だ」などと言って流布し、弟子に性的に不適切な関係を迫ることができるわけである。

わたしは、大学教授から学生に対するあらゆるハラスメントには、こうした「徒弟制度」が根付いていると確信している。ところが、もう一方の当事者である――時として被告となる――大学教授の側からは、積極的な取り組みは見られない。サヨク教授の中には、日本に色濃く残る天皇制の中に家父長制を見出し、それが女性を差別させているというフェミニストはいるが、サヨク教授ですら教授と学生との間の家父長制(=パターナリズム=師匠と弟子の関係=徒弟制度)には気づかないようである――むしろサヨク教授は、女性とか、身体障碍者とか、在日外国人とか、被差別部落出身者とか、そうした「社会的に可視化しやすい、大きな被差別者」(もちろんそれらの被差別者の可視化にだって歴史的にかなりの時間が費やされてきたことはわたしは承知しているけれども)には積極的に救済の声を上げるが、身近な、しかも身内の「差別」には無頓着なようである――セクハラ、パワハラアルハラアカハラなどのそうした諸問題はあくまでも「ハラスメント」(嫌がらせ)であり、「差別」ではないと言わんばかりである。

そう言えば、大澤元教授もどちらかと言えば「左翼」に属する学者だったと思うが、どうだろうか。左右の別はともかく、リベラル派の教授ならば恋愛の自由を主張するはずなので、大澤元教授と女子学生との関係が「不適切」だったとしても和姦だったならば、彼を擁護するかもしれない。そんでもって、大澤夫人の吉澤夏子はフェミニズム研究者らしいが、どういう態度表明をするつもりだろうか、ちょっとだけ気になっている。

  • 参考リンク(09年11月2日追加)
    • http://d.hatena.ne.jp/daigaku_jiken/20091101/p2
      • わたしが大澤に関する記事を書いているころから「2ちゃんねる」ではこの中大教授についても話題になっていた。わたしはこのセクハラ教授を恐らく同定したが、ソースが曖昧なので、今のところ実名を明かすはできない。ウィキペディアの当該教授のページにはすでに解雇されたことが書かれているので、興味がある人は探してみるとよいだろう。ちなみにこの元教授も、著作のタイトルなどを見るかぎり、恐らく「左翼」だと思うのだが、どうだろう。