(大学受験生を応援?)何故大学に行くか?

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本コラムの第6回目において私は「何故大学に行くか」というタイトルで原稿を執筆しました。今回はまた別の見地から、大学に行く理由を模索したいと思います。


前々回私は多くの人々が大学進学を志すことを悪いことだとは思わない。寧ろ素晴らしいことであると思う」と記しました。ですが直後にこうも述べました。「しかし理由如何である」と。


正直私は、現在大学に在学している学生、または現在大学進学を志している受験生の全員が、真に大学に通うべきであるとは考えていません。大学で何を為すかというヴィジョンに乏しすぎる人が多く、また何ものからもインスピレーションを得ようとしない人が多すぎます。しかし社会の変革により大概の就職先が「無意味に」大学進学者を要求していることもまた事実であり、ゆえに「『就職のために大学に来た』」とうそぶく学生が生じるのは必然であります(あえて「無意味に」としたのは、必ずしも大学で身につけた知識が要求されないであろう職種でも、大概にして大卒採用をしているからです)。


私のようなこういう発想を「エリート主義」だとか批判する向きもあります。しかしそれは、少なくとも本稿に対しては的外れな批判です。私はただこう言いたいだけなのです。「学ばざる者、来るべからず」と。勿論、ここで言う「学び」とは非常に抽象的な意味を持っています。ただ単なる科学的学問に留まりません。


私は幸運にも、大学の夜間学部に通う社会人学生の知人・友人に恵まれ、昨年1年次から交流を持っています。それは以前も記した通りです。


社会人学生とはどのような学生であるかは、その名の通りです。彼らは日中に仕事をして、夜に通学するのです。子育てを終えた50歳台の女性が多いようにも見受けられますが、スーツを着た、私の父親よりもいく分か年上の男性も教室に座っています。彼らは、「就職するために」と言う若い一般学生たちとは違い、「学ぶために」大学に通っています。


彼らがリスクを背負っているのは、誰の目から見ても自明のことだと思います。毎日朝9時から午後5時まで仕事をしてから、午後6時からの6限に滑り込んでくるのです。疲れていないわけがない。また社会人ならば若い私たち以上にこなさなければならない雑務もあるでしょう。しかし特筆すべきは、彼らはめったに欠席しないということです。学ぶ時間が限られているというリスクがあるからこそ、その限られた時間を十二分に活かそうとするのでしょう。「寝坊して1限出られない」などと、のた打ち回る私には身につまされる思いがします。


彼らは、若い一般学生とはモティヴェーションが根本的に異なるのです。彼らに「就職するために」という、「就職先」だとか「時代の趨勢」という他者のために学ぶという論理が不要なのは言うまでもありません。ただ「自分」という自己のために学ぶという、「学問」に対して主体的な動機にのみ突き動かされているのです。そのためならばリスクを乗り越えて通学してくるのです。


主体なき学究者は学究者ではないと思います。教室という厩舎で、教員という飼育係から、情報を垂れ流されてただ貪り食うだけの、他者を拠りどころとした主体なき学生が学究者とは言えません。大学が動物園化するとは、そういうことなのです。非主体的にして得た情報が、自らの中で咀嚼され、消化された「知識」になりえるはずもありません。現前する情報に対して、時に批判的に、時に疑義的に、時に感動的に吸収し、自分なりに「知識」として塑成することが、「主体的に学ぶ」ことだと思います。またそれが「新たな知」の想像に繋がるのでしょう。こんなことは、もはや私が言うべきことでもありません。


私がとりわけ親しくしてもらっている社会人学生にこんな人がいます。20歳そこそこの私たちが親しみを込めて「東京のお母さん」と呼ぶ女性で、私と同じ2年生です。50歳後半の彼女は、息子さん2人はすでに社会人となり、お孫さんもいらっしゃった記憶があります。数年前に旦那様を亡くされ塞ぎこんでいたところを、私たちの大学の卒業生である下の息子さんに「しょんぼりしてるくらいなら、大学に行って勉強しなおせば?」と勧められ、以前から勉強したいと思っていたこともあり、一念発起して社会人入試の受験勉強を開始したそうです。昼間は都内の専門学校で非常勤講師として働いている彼女は、つまり教師であり学生であるという面白い立場の人です。


昨年私と彼女は同じ授業を受講していたことが縁で親しくなったのですが、偶然にも彼女と私の帰宅方向が同じことにより、より親しくさせていただくことになりました。彼女に進学を勧めた下の息子さんは私と同じ独文の出身ということで、私が独文に進学したいと言った時には、リュウちゃんが息子の後輩になるなんて嬉しいわ。私はリュウちゃんを3人目の息子だと思っているのよ」と言っていただきました。知り合ったのは去る03年4月でしたが、この頃の私は慣れない東京での生活に病んでおり、彼女には特に精神面で大いに助けていただきました。


彼女は「勉強は難しいんだけど、とても楽しいの」と言います。そして私には彼女が心からそう言っているように見えます。また、共通の知人である社会人学生(同じく50歳台の女性)からは「一緒に大学院に進んで、留学しましょう」と言われているようで、「どうしましょう」とは口では困った素振りをみせながらも、そういう状況をとても楽しんでいるようです。


私は彼女たちの姿勢に、「『主体的に学ぶ』とは?」の答えを見出しました。うまく言語化できないのが口惜しいのですが、学ぶことに対して積極的である、受動的でないことは確実に言えます。私は彼女たち社会人学生の、あふれんばかりの学ぶ意欲を痛いほど感じつつ、同時に主体的に学ぼうとしない一般学生多くも目の当たりにしています。ですから両者を対比した時に、後者に嫌悪感を感じつつ、私も年齢や立場としては後者に属すのですが、そこと同類にだけは絶対ならないようにと心に決めたのは至極当然だったのです。


こうした社会人学生の増える夜間学部に対して「カルチャークラブ化している」という批判も投げつけられます。ですが私に言わせれば「カルチャークラブの何が悪い? カルチャークラブだろうがどこだろうが、彼らは至極主体的に学んでいる。学ぶことに貴賎はない!」。私にこうした学究精神を育んでくれた社会人学生と夜間学部は、是非後世まで残ってほしいと思っています。そしてそれが、私たち若い一般学生にいい影響を与えてくれると思うのです。


私が現在唯一欠かさず毎週見ているテレビドラマは、火曜日午後9時からフジテレビ系列で放映される『めだか』です。同作は都内の夜間高校を舞台にしたドラマですが、今週の第7話は泉谷しげる演ずる勤労高校生・刈谷の夜間高校に通いだすきっかけが語られました。彼は中学卒業後、現在に至るまで家業の花屋を営んでいます。刈谷の娘が中学生の時に数学の宿題で質問され、彼はわからないのを隠すために「明日の朝教えてやるから、一晩自分で考えてみろ」と言いました。翌朝娘に教えるために、夜中必死に娘の教科書とにらめっこして問題と格闘しました。その時彼は「ああ、勉強するっておもしろいんだなあ」と感じたのです。


法政大学教授・川成洋氏*1は著書『大学崩壊!』(宝島社新書)*2において、現在の大学に対して書名の通りの憂慮を提示しています。しかしその「あとがき」において、「だが、大学であればこそ、というほっとするようなエピソードもある」と前置きした上で、以下のような「社会人学生たち」を紹介しています。

 児玉隆夫・大阪市立大学長(当時:筆者註)は、元旋盤工だったという。『朝日新聞』の「天声人語」(二〇〇二年五月八日)によると、児玉氏は中学卒業後に職業訓練所を経由し、大阪大学工学部に就職する。実験装置を作る仕事だったが、同年代の仲間がいなく、定時制高校へ通う。勤労高校生だ。やがて一念発起し、大阪市立大学理学部を受験し、合格。旋盤工を辞めて、低温物理を専攻する。その児玉氏が、やがて大阪市大の理学部長を経て、二年前に学長に就任する。

 彼は少年時代を回顧して、「勉強は、したくなったらすればいい。英語だって、高校に入ってからABCから始めても十分。ただ、やりたくなったときにきちんとできる体制を作っておく必要がある」と述べているが、日本人の思考習慣については、「前人未到の領域に新たな道筋をつけていくのが、未だに苦手である。学会発表でさえ、『どう考えるか』ではなく『○○を知っているか』が論議されがちだ。『考える力』が乏しいのは大学生ではない」と、いささか手厳しい。が、自分の体験に基づくこの言葉は、不滅の名言といえるであろう。

 もう一例。

 浮世絵師の歌川豊國さんは、明治三六年(一九〇三)生まれというから、今年九七歳。その歌川さんが、昨年、近畿大学法学部第二部に入学した。九六歳の新入生だ。

 痴呆症の妻を自宅で介護しながら、浮世絵師歌川派の家元として絵筆を執る歌川さんのキャンパスライフとはいかなるものか。「晴れの入学式で居眠り」で始まる半自叙伝『96歳の大学生』(PHP研究所、二〇〇〇年)によると、実に明るく、充実しているようだ。

 歌川さんは「独学することに比べて、学校は楽に勉強させてくれるところです」と言い切り、「人生の目標は、大学院を修了して博士論文を書くことです。高すぎる目標かもしれませんが、必ずやり遂げたいと思っています」とファイトを燃やす。またサークルには落語研究会を選び、練習に練習を重ね、大学祭で高座名「梅之家笑軍」として高座に上がったという。うらやましいほどのキャンパスライフではなかろうか。


これら3者の例は、やはり私が実際に接している社会人学生たちと共通点を有しています。すなわち、嫌々大学や高校に行った訳などではない、主体的に「学び」を求めて動いたということです。


ちなみに引用文中の歌川豊國さんは、『大学崩壊!』が出版された直後(2000年11月)に亡くなりました(享年97歳)。残念ながら半自叙伝には、卒業式の様子は書き加えられなかったようです。しかし重要なのは学業を修めるとか、論文を書くことなどではなく、学ぼうと「する」こと、学業を修めようと「する」こと、論文を書こうと「する」ことなのです。他者に依拠しない主体的な意志をもって「ザッヘ」(»Sache.« 独語で「するべき事柄」)に臨むこと、ただそれだけだと思うのです。その点で、歌川さんは彼自身が定めた目標には達しなかったかもしれませんが、彼は誇るべき貴賎なき偉業を提示せしめたと言えましょう。


受験生諸氏が各々の志す大学に入学したい理由や目的は色々あるでしょう。その1つ1つを取り上げて「あれはいい、これはだめ」などと批評する立場に私はありません。また当然するつもりもありません。しかしながら唯一「だめ」だと言いたいのは、主体的でない理由や目的です。


大学に行く理由は何でもいいと思います。何を「学ぶ」かは各自の随意です。学問でもいいし、サークルでもいいし、アルバイトでもいいし、遊びでもいい。ただ「他者」に流される非主体的なモティヴェーションは実を結びがたいということだけは肝に銘じておくべきです。やるなら本気になった方が、身のためです。(5279字)


To be continued to 20041127......

*1:1942年生まれ。北海道札幌市出身。1966年、北海道大学卒業。1969年東京都立大学大学院修了。東京都立大学助手を経て法政大学に移り、1977年法政大学教授(以上『大学崩壊!』の「著者紹介」より)。専門は英文学。札幌大学教授・鷲田小彌太氏『大学教授になる方法』(PHP文庫)及び『同・実践編』(同)において、解説を執筆している。こちらこちらに川成氏インタビューが掲載されている。

*2:isbn:4796618481 同書は10万部以上のベストセラー。