『仮面浪人生』に声援を

『仮面浪人』という言葉は、一般にはあまり聞き慣れない言葉かもしれない。ご存知ない方々に簡単に説明すると、一度ある大学に入学はしたものの、それは不本意な結果の入学であり、翌年本来第一志望であった大学を再受験するということである。この時大学を退学することなく、通学しながら受験勉強をすることを仮面浪人というのである。江川達也氏のマンガ『東京大学物語』(小学館)は、主人公が一度早稲田大学に入学したものの、仮面浪人生活の末翌年東大に入学するという話であった(但し私は未読なので、間違いあれば指摘してほしい)。この作品が、初めて仮面浪人を一般にクローズアップさせたということが言えるかもしれない。

以下に、仮面浪人の実状を示す資料を引用する。少なくないとは思いつつも、この資料によると予想以上に多く、私自身も驚いている。

大手予備学校3校による大学合格生事後進路資料

(平成15年4月21日 東新NEWSより)  

早慶生が高確率で国立大を再受験、進学

 大手予備学校が、進学した元在籍生徒である大学生を対象に、その後の進路のアンケート結果をとった結果、予想より高い確率で早大、慶大、上智大などの一流私大の学生が国立大を再受験していることが判明した。

 大手予備校4校の調査によれば、最も再受験率が高い受験先大学は東京大学であった。また医学部の再受験も、たいへん高い率を保っている。

 理系では、東京大学理科一類の再受験者が最も多く、次いで東京大学理科二類京都大学理学部、京都大学工学部、東京工業大だった。東京大学理科三類は、定員が少ないため絶対数では少ないものの、全受験者に占める私大生の再受験者数の割合は高い。

 早稲田大学理工学部慶應大学理工学部からは、とくに東京大学東京工業大学への再受験が割合として高いことが判明した。京都大が低いのは、地理的理由と推測される。

 早稲田大学理工学部の場合は全学生の6%、慶應大学理工学部の場合は7.6%の学生が難関国立大への再受験を行っている。なお、両大学ともこの事実の把握やコメントは避けている。

 文系でも同様に、早大、慶大などから国立大の再受験が進んでおり、この傾向は理系よりもはるかに顕著である。

 再受験先として最も高いのは東京大学文科一類で次いで、一橋大学法学部、東京大学文科二類であった。予想に反し、京都大学の再受験は比較的低く、理系と同様の結果となった。

 早稲田大学政治経済学部では全学生の12%が東京大学を再受験しており、8%が一橋大学を再受験していることが分かった。また、慶應大学経済学部においても、東京大学が11%、一橋大学が9%であった。

 早稲田大学法学部では、19%が東京大学を再受験し、9%が一橋大学を再受験している。また、慶應大学法学部においても、東京大学を14%、一橋大学を7%の学生が再受験している。

 異色だったのは、早稲田大学第一文学部で、京都大学の再受験が全学生の14%存在し、一橋大学社会学部の再受験者も11%存在していた。いっぽう、慶應大学文学部においては再受験率は、東京大学は4%、一橋大学は3%と比較的低かった。

 予備校関係者は口々に、「私立大学のマスプロ的講義と、生徒の学力の分散傾向に嫌気をさした私立大学の学生が、緻密な教育内容と研究水準の高さを求めて東京大、一橋大、東京工大などの最難関国立大を再受験している。」と語った。

 ただし、あくまでこれらの数値は把握分であり、氷山の一角ではないか、と語る予備校関係者もいた。一流私大とはいえ、難関国立大は大学入学後もなお、私大生にとって羨望の的となっているようだ。

 なお、ここにあげられた数値は、あくまで「再受験者」の数値であり、合格者・転学者の数値ではない。合格者・転学者の数値はもっと低いものだと思われる。

当サイトは過去の話とはいえ、高校生に密接に関連した運営方法を取っていた歴史がある。そして今でこそ、それを前面に押し出しはしないが、持ち合わせるべき理念として新サイトに移行したつもりである。即ち大学受験生に対して啓蒙となるべき情報を今後とも提供していきたいと思っているからである。

そして今回、何故『仮面浪人』というマイノリティとも言うべき受験方法を選択した、否、『せざるを得なかった』受験生に言及するかというと、マジョリティとも言うべき部類に属する現役や予備校の受験生に、そういったライバルの存在を知ってほしかったからに他ならない。

私も大学に通って2年目なので、自ずから知り合いは増えている。その中にも、仮面浪人して私の大学に入学してきた知人はいる。深く理由を聞き出すことは倫理上致しかねたが、やはり「納得できなかった」や「やりたいことが見つかった」が共通している理由と言えそうだ。

この仮面浪人を経て入学した友人は、当時を述懐して言う。「俺の高校は進学校でもなかったし、大学は入れればどこでもいいという感じだった。だから俺も数を受けてたまたま受かった、ある県立大学に現役入学した。しかし5月頃から大学がつまらなくなり、行かなくなっていった。その頃に仮面浪人を決意し、夏休み前には大学を休学した。あの頃受験勉強に打ち込んでいた時の集中力は、今ではもう信じられないよ」と。友人が語ったことを、私は印象深く覚えている。

また、仮面浪人とは言えないかもしれないが、こういう知人も私にはいる。彼は現在大学3年生だが、年齢は24歳である。以前通っていた大学を3年次(21歳)で辞め、22歳の年に再受験・入学を果たした。既知の通り一般企業では、就職試験の新卒採用の上限は24歳が一般的となっている。彼はそういったリスクを背負っている。しかし彼は歳下の同級生や先輩に混じって、本当によく『勉強』している。4歳歳下の、後輩の私から見ても、尊敬せずにはいられない。これぞ大学にあるべき、しかし著しく失われている『学びの場』であると痛感したことを覚えている。

加えて、近年は社会人学生(今春、早大二文を経て政経に入学した、タレントのそのまんま東さんが有名だろうか)や学士入学生が増えていることも忘れてはならない。幸運にも私はこういった友人にも恵まれている。彼らは仕事を持ちながら通学したり、あるいは前述の通り就職に際しリスクを負っている。しかしリスクを負っているからこそ、よく『勉強』する。私が触発されてしまっている部分は少なくない。

私が受験生時代、または昨年友人が多く浪人生をしていた時期に聞いた話は「高校の先生は説明がわかりにくい」だとか「浪人生活はマジだれる」だとかいう言葉ばかりだった。しかし前述のような知人・友人を多く持つ現在の私からすれば、どの口がそんな贅沢なことを言っているのかという、怒りにも似た呆れの言葉しか出てこない。

現役生であれ浪人生であれ、大学合格に向けてただひたすら勉強だけすればいいという状況は、贅沢以外の何物でもない。背負っているリスクは大学不合格くらいのものである。勿論、これをリスクと言う人がいるならば、軽蔑されるだろう。大学の不合格は、大学受験とは不可分のものであるからだ。

私は本文を、現在少なからず存在する仮面浪人生の応援のつもりで執筆した。彼らに対する一般の理解が深まれば、彼らマイノリティーが気負うプレッシャーなども解消されると思われるからだ。そして、ともすれば甘えがちな、驕りがちな一般受験生に対する、そして誰あろう私自身に対する戒めの為に執筆した。これを読んだ一般受験生が、或いは仮面浪人生が、決意ややる気を新たに奮い起こしてくれるならば、望外の喜びである。

最後に、私の高校の同期で、現在仮面浪人して来年の受験を目指している親しい友人がいる。彼は一浪して大学に入学したが、やはり研究したい分野に妥協出来ずに、仮面を被ることを決意した。二浪は家庭の事情が許さなかった。夏休み前には休学届を提出した。来年大学に受かっても落ちても、卒業は24歳以降になるというリスクを彼は完全に理解している。

現役時代、彼は理系、私は文系だったが、受験勉強の為にかなりの時間を共有した。毎週末、市営図書館に通い詰めたし、その後午後9時まで駅前のコーヒーショップに居座って勉強し続けた。店からの冷たい視線も注意も共に受けた。日曜日に学校に忍び込んだ時も、吹奏学部の顧問から共に叱られた。私にとって、言わば彼は得難い戦友である。私は本文を彼に捧げる。彼の来年の合格を、切に祈るばかりである。

(追記)実は本稿を書く上で、ある仮面浪人生のウェブサイトを見つけたことが動機の一つになっているのだが、後日その記述を遡ってよく読んでみると、非常に仮面浪人を『ナメて』いると感じられた。そういう仮面浪人生は全く応援する気になれない。『安全パイ』を確保する為の、覚悟が欠如した仮面浪人など、一兎も得られない結果になるだろうし、寧ろそうなることを願う。

(04年9月18日 一部訂正、追記)