『人間の条件』読書ノート(3)

『人間の条件』志水速雄訳に致命的な誤訳を見つけてしまった。

Augustine seems to have been the last to know at least what it once meant to be a citizen*1

アウグスティヌスは、市民であることがかつて何を意味していたかを少なくとも知っていた、最後の人物であったように思われる。

志水訳だと、こうなっている。

アウグスティヌスは、少なくとも市民であるということがかつてはなにを意味していたか知らなかったように思われる。*2

ちなみにドイツ語版だと、こうなっている。

Augustin war vielleicht der letzte, der zum mindesten noch wußte, welchen Rang das Politische einmal gehabt hat...*3

アウグスティヌスは、政治的なものがかつてはどのような地位にあったかを少なくともまだ知っていた、最後の人物かもしれない。

なるほど『ジーニアス英和大辞典』(大修館書店)の電子辞書版によれば、“the last“で、「最も〜しそうでない人」という意味になるという。ところがドイツ語の場合、“der letzte“にはそのような用法はない(……のだが、似たような用法があるのは気になる)。従って、“the last“と“der letzte“は同じ意味内容を指していると考えるのが妥当であろう。

確かに、英語版だけを読んでいれば、志水の翻訳も納得できそうである。しかしドイツ語版を参照すれば発見できる誤訳が未だに残ってしまっているということは、日本でいかにアーレントがドイツ語で読まれていないかの証左である。

*1:Arendt, Hannah: The Human Condition. 2nd ed. Chicago: The University of Chicaga Press, 1998 (Original 1958), p.14.

*2:アレント、ハンナ(志水速雄・訳)『人間の条件』筑摩書店(ちくま学芸文庫)、1994(1973)年、p.27。

*3:Arendt, Hannah: Vita activa oder Vom tätigen Leben. München: Piper Verlag, 2002 (Original 1960), p.24.