DRAGONFORCEに新シンガー加入

中国籍香港人ニュージーランド育ちのイギリス人、イギリス育ちのウクライナ人、フランス人、唯一生粋のイギリス人から成る多国籍バンドに、もう一人生粋のイギリス人がシンガーとして加入することになった。金髪碧眼の23歳、マーク・ハドソン(Marc Hudson)である(参照)。

前任者である南アフリカ人のZPサートが脱退したのが昨年の3月のことであった。そのことはわたしもid:RYUSUKE:20100309#p1において報告しておいた。それから新任者を見つけて公表するのに1年かかったわけであるが、今回のDRAGONFORCE場合、全く無名の新人を発掘したので、むしろ1年でよく仕事を片づけられたものである。JUDAS PRIESTは前任シンガー、ロブ・ハルフォードの脱退から、無名の新人ティム・オーウェンズ(現BEYOND FEAR、Yngwie Malmsteenバンド)を発掘し、アルバムをリリースするまでに7年を要している。メタル業界では通例あるバンドで欠員が出ると、旧知の人脈から補充人員を連れてきたり、自分たちのフォロワーバンドから腕の立つプレイヤーを引っこ抜いたりすることがよくある。だから、旧メンバーの脱退と新メンバーの加入が同時に告知されることが、メタル界ではむしろ普通になってきている――実際DRAGONFORCEは、前ベーシスト脱退時に、当時は概ね自分たちと同格だったフランスのHEAVENLYでギターを弾いていたフレデリク・ルクレルクを引っこ抜いて、新ベーシストの座に据えている。

もっとも、ビッグなバンドであればあるほど、それも脱退するのがバンドの顔とも言えるヴォーカリストであれば尚更、後任人事には時間がかかっている。前述のJUDAS PRIESTと同様にシンガー探しに苦労して、しかも評価の是非がまあまあ相半ばしているオーウェンズ時代のJUDAS PRIESTにたいして、後任シンガー、プレイズ・ベイリー加入後に評判を奈落の底へと叩き落したIRON MAIDENの経緯を考えると、メンバーチェンジ、しかも、ビッグバンドのヴォーカリスト交代劇は簡単ではない。

DRAGONFORCEの場合、ブライテストホープ(期待の星)と呼んでも差し支えはないだろうが、しかしビッグバンドと呼ぶにはまだまだである。とはいえ、安易に旧知の人脈などから後任人事を考えず、広く全世界にオーディションへの参加を呼びかけたのは、今回の交代劇を通じて、バンドがJUADS PRIESTやIRON MAIDENのようなビッグバンドの座に近づきつつあることを演出したかったのではないだろうか。もちろん、彼らがビッグバンドに近づくのか、それとも、逆に評判を地に落とすのかは、新人加入後最初の新作やライヴを聴いてみないと判断できない。

3月2日付でバンドのウェブサイトで初めて公開されたヴィデオや画像から、新シンガーが金髪碧眼の典型的なコーカソイドであることは一目瞭然であるが、この新人男性が、http://metalgateblog.blog107.fc2.com/blog-entry-535.html:TITLE=METALGATEさんが言うような「グッド・ルッキンなブロンドのプリティ・ガイ」であるかどうかは、毎日黒髪の黄色い顔ばかりを日々目の当たりにしている典型的日本人の、一応は異性愛者のわたしには、よくわからない。
ただ、METALGATEさんの「Voが変わっただけなのに、なんか違うバンドみたい」という意見には同意する。これには、新シンガー以外の5人も随分と垢抜けた格好をするようになったことも影響しているであろうが、南アフリカ出身の前任者ZPサートが、形質的には白人に近いであろうと思われるけれども、長い黒髪を振り乱して野性味溢れんばかりの格好をしていたこと、つまりわたしに言わせれば、どこか南アフリカの風味を感じさせる出で立ちをしていたことと対比的に考えると、オックスフォードで生まれたイングランド人の加入は、このバンドの「UK化」を一層進めることになるのは間違いない。EUの領域を越えたヨーロッパの国(ウクライナ)や、それどころかアフリカ、アジア、オセアニアから現れた人間がかつてのヘヴィメタルの中心地イギリスはロンドンに集って結成され、大成した「イギリス帝国」のような多国籍性がこのバンドの魅力の一つと考えていたわたしとしては、いくらか寂しい思いがないわけではない。

「この映像だけだとそれほど個性は伝わってこないけど、声域、歌唱力はバッチリじゃないですか?」というMETALGATEさんの期待にも、わたしは同意できない。結論は新譜やライヴを聴いてからであるが、右を見ても左を見ても、ミヒャエル・キスケ(元HELLOWEEN)やブルース・ディッキンソン(IRON MAIDEN)の混合物や劣化コピーのシンガーばかりのヘヴィメタル業界には、憂慮の念を抱きさえする(それゆえわたしは、個性的という点で、カイ・ハンゼン[GAMMA RAY]やアンディ・デリス[HELLOWEEN]を評価する)。その意味で、前任者のヘナチョコヴォーカルは、それはそれで、DRAGONFORCEというバンドの逆説的な個性であり、魅力であったとわたしは確信している。

というか、成功の度合や活動期間の長さから言って、ブルース・ディッキンソンやロブ・ハルフォードJUDAS PRIEST, HALFORD)、あるいは故ロニー・ジェイムス・ディオ(RAINBOW, BLACK SABBATH, DIO, HEAVEN AND HELL)に影響されるならわかるが、キスケのキャリアのなかで成功し、強いインパクトを持っていると呼べるのは、HELLOWEEN時代の2枚のKeeper Of The Seven Keysアルバム(1987、1988年)だけではないのか。もちろん、メロデイック・スピードのヘヴィメタルがその2枚から始まったことは、恐らく否定しようもない事実である。けれども、である。影響を受けたシンガーとしてキスケを挙げるメタルシンガーの実に多いこと。わたしよりも年下のハドソンすらキスケを挙げているというのは、どういうことか。「とりあえずキスケとディッキンソンでも挙げておけば、間違いないか」という安易な発想が、そこにはないだろうか。

DRAGONFORCEは、ギタリスト2人に始まって、デスメタル上がりのドラマーから、もともとはギタリストのベーシストから、ショルダー・キーボードを提げてヴォーカリスト以上にステージ上を飛び跳ねるキーボーディストと、非常に個性的な連中の集まったバンドである。こうしたメンツの中に埋没し、DREAM THEATERにおけるジェイムス・ラブリエ(同バンドのシンガー)のようになっては、元も子もないであろう……いや、DREAM THEATERに見るように、バックバンドが暴れん坊ばかりだからシンガーは無個性でよい、という考えかたもあるのかもしれないけれど。