Strings to the metal live! GAMMA RAY and RAGE live report: (1)Rage
I'm a "Solitary Man"
時期外れの冷気が東京を襲っていた。わたしが渋谷のライヴ会場に到着したのは、会場する午後6時の直前だった。わたしの持っていたチケットの整理番号は59番。比較的若い番号だったので、会場の直前でも悠々と入場し、ステージの前方を陣取ることができるのである。
もちろん今回も独りで行った。ヘヴィメタルのライヴにはほとんど独りでしか行ったことがない。ついでに言えば、ヘヴィメタルをダシにして友人知人を得ようと試みたことは恐らく一度もない。この音楽は、それまでそれに全く縁がなかったような人に勧められるものではない。クラシック音楽のように、それを愛聴しているとうそぶくだけで教養人と見なされうるようなお得感のあるものでもない。それにもかかわらず、耳で聴くだけでは理解できないために、歌詞カードなどで歌詞を、それも人によっては不得手な外国語で書かれた歌詞を読み、メッセージを解釈し、ライヴで合唱するために暗記しなければならない手間のかかる音楽である。ヘヴィメタルは野蛮さと凶悪さ、騒々しさを教義としながらも、しかしその実、裏打ちされた教養を聴く者に要求する音楽であり、深く入り込んでいくには骨の折れる音楽である。それゆえ、忍耐力のある候補者でなければ、ヘヴィメタルの亡者どもがメタル地獄へと誘おうとしても無意味なのだ。わたしの場合、悲しいかな、一緒にメタルを聴ける友人はたったの一人しかいない。しかし彼にしたって、わたしの聴くバンドたちを「どれを聴いたって一緒にしか聞こえん」と揶揄してくれる。彼の言うことは正論だが、批判には当たらない。なぜならメタルファンは、どのメタルバンドにもヘヴィメタルの基本線が忠実に墨守されつつ、しかしそこに各バンドのオリジナリティが添加されたメタルソングをこそ聴きたいからだ。
強制的にチャージされた500円のドリンク券をハイネケン350mlと引き替え、開演までの小1時間を待ちながらそれを飲んでいた。空きっ腹にビールだけを飲んでいると、キモチよくなってくるというか、フラフラしてくる。まあわたしのようなメランコリアック・パラノイドは、アルコールでも向精神薬代わりにして飲んでおかないと、これからの乱痴気騒ぎに堪えられないのだ。
わたしは早々に、ステージ正面、会場中ほどに陣取った。O-Eastは公演中のモッシュやクラウドサーフを封じるためか、会場内を公園でよく見かける車止めのような形のパーテーションで区切っている。わたしはこのパーテーションに前から寄りかかって観ていた。なぜ最前線に突っ込まないかと言えば、理由は簡単で、ステージを俯瞰で観たいからである。それに、以前LOUD PARK 06に行ったときに、DRAGONFORCEのライヴ中にモッシュに巻き込まれて痛い思いをして以来、モッシュは勘弁願いたいと思っているからである。
ただ今日のライヴは、最前列でもモッシュは恐らく一度も起こっていなかっただろうと思う。というのも、観客の何と年齢層の高いことか。まあ人の年齢なんて見ただけではわからないものだけれど、完全に白髪になった初老の男性や、黒髪よりも白髪のほうが明らかに多い中年の婦人の姿を見るにつけ、GAMMA RAYやRAGEの日本におけるファンベースはどこに基盤が置かれているのか、全く読めなくなった。わたし(25歳)は最年少の部類に入るのではなかろうか。そのほか、子連れのママさんパパさんメタラーも来ていたが、あの爆音は子どもの柔らかい耳には明らかによくないので、耳詮などの対策を施したほうがよいと思う。これらの坊やたちを除けば、見た感じ10代というファンはいなかったように思う(悲しいことに)。いずれにしても、年寄りの冷や水という自己反省の念を今日ばかりは振り切ってヘドバンしていたファンの篤い魂を、わたしは意気に感じた。ヘヴィメタルに年齢など関係はない、それがいつのことであれ、「決断」してメタル・ユニヴァースへと飛び込むことが重要なのだ。
開演直前、スタッフの一人がステージの向かって左側に表示の大きなデジタル時計を、出演者たちに見えるような角度で据えた。少なくともわたしは、ステージ上にそのような時計が置かれるのは初めて見た。その時計が19時を回ったとき、今まで流れていたBGMがイントロに切り替わった。
RAGE Live (Apr. 15th, '10. Thu.) at Shibuya O-East, Tokyo, Japan
選曲は最新作Strings To A Web中心
最新アルバムStrings To A Webから冒頭の#1, 2, 3,をぶちかます。彼らの今回のライヴに限ったことではなく、アルバム制作とツアーを1年おきにやっているような現役のバンドは、ツアーを通して新作のプロモーションを行っているので、ライヴの曲目も必然的に新作から選ばれるものが多い。
今回のライヴで唯一前作Carved In Stoneから選ばれた#4のあとだったと思うが、リーダーのピーヴィ・ヴァーグナー[Vo. & B.]が「ドラマーのアンドレはいま脚を怪我しているんだ」とアナウンスすると、アンドレ・ヒルガース[Dr.]がドラムキットから立ち上がって、"I like it!"(コレ好きなんだ/問題ない)と言いながら、ギプスの巻かれた右足をドラムスティックでコンコンと叩いた。するとピーヴィは"He's a masochist."(彼はマゾヒストなんだ)と笑いながら言っていたが、わたしは単純に、負傷していたのにあのヘヴィなドラミングをしていたのかと感心していた――ピーヴィのアンドレいじりは定番なのか、前回来日時は「彼はゲイだから」と言っていたのを記憶している(実際はアンドレは妻と昨年6月に生まれたばかりの娘がいる)。
ピーヴィが「今日は小さなオーケストラを連れてきていて、これからアンドレが指揮をして演奏するよ」と言ってから、最新アルバムからの組曲"Empty Hollow"(#5, 6, 7)を始めた。ピーヴィのいう「小さなオーケストラ」というのは、録音されたオーケストレーションのことで、それに合わせてアンドレがドラムを叩き始めるということだと思う(彼が早口の英語で喋ったので、ちゃんと聞きとれた自信はない)。
2ちゃんねるのRAGEスレッドでは、2日前(4月13日)の大阪公演ではRAGEは航空会社の輸送トラブルにより中国で機材を全て紛失したため、"Empty Hollow"を演奏できなかったことが報告されていた――多分ジョークだと思うが、大阪公演では彼らは「ギターは10分前に買った」と言っていたそうだ。ギターをアンプに直結して演奏していたというから、事態は決して易しくはなかったと想像できるが、今日の公演は見る限りでは機材も無事回収できていたようであった。
続く#8の前に、ピーヴィがMCで「次の曲は古いアルバムからだ」と言っていたのは聞き取れたが曲名がよく聞き取れず、演奏が始まっても何となく聞き覚えのある曲だとは思ったが、結局わたしは最後までこの曲のタイトルを思い出すことができなかった。この曲は1992年に発表されたTrapped!に収録されており、わたしもこのアルバムを持っていたのだが、この曲のタイトルが判明したのは、帰宅してから2ちゃんねるのRAGEスレに挙がっていたセットリストを確認したあとだった。今のRAGEメンバーはTrapped!の曲を気にいっているのか、例えばわたしも行った前回来日時のライヴでも、"Solitary Man" "Enough Is Enough" "Baby, I'm Your Nightmare"をこのアルバムから選んで演奏しているが、"Medicine"なんて94年のライヴアルバムThe Power Of Metalでも演奏していない。何で今更ソレやねん?
東側から現れたギターヒーロー
#9は言わずもがなRAGEの代表曲であり、今回はアンコール前最後の締め曲として演奏された。しかも演奏前にピーヴィが「サビのHigher than the skyの"sky"はsky! sky! sky!と3回続けてくれ」と指折り数えて予め指導したお陰で、我々は先生の言う通りに合唱することができた。
#9が収録されているEnd Of All daysが96年に発表されたときにいた4人のメンバーは、すでにピーヴィ以外には誰もいない。4人編成だった99年、ピーヴィ以外のギタリスト2人とドラマーの3人はクーデタを起こして同時に脱退、別のバンドを結成したのだが、その急場を救ったのがヴィクター・スモールスキだった。かつてソヴィエト連邦の一翼を担っていたベラルーシ・ソヴィエト社会主義共和国、現在のベラルーシ共和国の首都ミンスク出身の彼は、1995年にドイツ産のMIND ODYSSEYに加入するまで、まさしく資本主義とグローバリズムの申し子たるヘヴィメタルの世界では知られる由もなかった。
ヴィクターがまだバンドに関わる前に作曲され、発表された#9であるが、彼は自家薬籠のものとして弾きこなしている。特にEnd Of All daysの発表時のギタリスト2人は、歴代最も評価されていないギタリストの2人であり、ヴィクターはこの連中よりも遥かに素晴らしいヴァージョンの"Higher Than The sky"を提供してくれる。
わたしは、演奏能力と作曲能力を兼ね備えているという意味では、ヴィクターはヘヴィメタルギタリストとして世界の五指には入ると確信している。この音楽センスの高さは、著名な音楽家である父・ドミトリー・スモールスキから英才教育を受けたことに由来すると言われており、オーケストレーションの編曲も、彼以外のメタルミュージシャンで可能な者を寡聞にしてわたしは知らない。それゆえB級臭さがある種のウリだったRAGEには彼は上手すぎて勿体無いという意見すら言われたことがある。しかし、ピーヴィもまた両親がアマチュアの音楽家でありクラシック音楽の素養を受け継いでおり、目指す音楽の方向性が共通していること、他方でヴィクターは音楽に関しては我が強く、ピーヴィが妥協したり他のメンバーとの仲裁役を担ったりしていること、我が強いために3人編成のほうが何かと意志の疎通が取りやすく小回りが利くこと、そしてヴィクター自身はメインヴォーカルを担当できず(少なくとも今まで担当したことはない)、また歌詞を書くこともできないため、RAGEでピーヴィとコンビで作曲していることが彼にとってベストなのかもしれない。
#10は2003年発表のSoundchaser収録の曲であるが、この曲がライヴのセットリストに入るのは、このアルバムの発表に伴う翌04年のツアー以来ではなかろうか。ちなみにわたしはRAGEのアルバムではSoundchaserがフェイヴァリットなので、珍しいものが聴けてよかった。
#10のあと、出演者たちは一度舞台袖へはけるのだが、観客が手拍子を止めずにバンドを呼び続けて、アンコールへ入っていくのが、メタルやロックのライヴのお約束である。
アンコールはUnityとSoundchaserから
#11, 12, 13はヴィクター加入後のアルバム収録曲の中では、もはやライヴで定番になった曲である。最新アルバムの初回限定版についてくるボーナスDVDには、昨年ドイツのヴァッケンで行われたメタルフェス、WACKEN OPEN AIRでのライヴの様子が収録されているが、そのときは#11をBLIND GUARDIANのハンズィ・キアシュが、#13をDESTRUCTIONのシュミーアがゲスト・ヴォーカリストとして唄っている。この辺の定番曲になると、日本のファンはほぼ完全に歌詞を全て覚えているので、大合唱である(そもそもRAGEはライヴで合唱しやすい曲ばかりなのであるが)。ちなみにわたしは、Soundchaserの中でも#12が一番お気に入りで、ということはこの曲がこのバンドで一番好きなのだが、一昨年に引き続き、しかも今年はハイライトで、聴けて感動もひとしおである。
ちなみに大阪公演は#12をやらずに#13で終幕となったらしく、わたしは「今日は#13の代わりに#12をやって締めるのかな」と思っていた。そうしたら観客に向かって両手の親指を突き上げてガッツポーズをしていたヴィクターが、その親指を下に向けるや否や、まあ当然わたしたちはブーイングをするわけだが、ヴィクターが親指を上に向ければ喝采、下に向ければブーイングを繰り返していると、ピーヴィが"Are you going?"と問うてきた。ああそういうことか、とわたしたちは"Down!"と絶叫した。
スリーピースとショウマンシップ
このバンドが評価される際によく言われることは、スリーピースでよくこの音の厚みが出せるなという感嘆の声である。もちろん一部の曲では元々録音しておいた演奏をバックで流すことはあるが、基本的にはカラオケなしである。もう一つわたしが驚かされたのは、後のGAMMA RAYとは異なり、彼らが一切楽器交換をしないということである。つまり、GAMMA RAYは曲によって異なるチューニングに設定したギターやベースをかなり頻繁に交換するのにたいして、RAGEは終始同じ楽器で演奏し通したのである――もしかするとヴィクターあたりは舞台上で自ら時折チューニングなどを変えていたのかもしれないが、それはそれですごいことである。先に述べたように、彼らは日本に来る途中の空港トラブルで機材を紛失したまま大阪公演に臨まなければならなかったが、十全のパフォーマンスとは言えないまでも、あり合わせの機材で何とか急場を凌ぎ切った彼らの腕は、特筆すべきものである(もちろん、日本じゃなかったら急には何も買いに走れなかった可能性はあるが)。
ドラマーのアンドレが加入したとき、ピーヴィは彼を「とてもセクシーなドラマーだ」と評していたが、彼の前任マイク・テラーナはモヒカン筋肉ダルマだった。現在のラインナップは、2mの体躯を揺らす巨漢デブハゲヒゲ(ピーヴィ)と、いかにも芸術家然とした髪も髭もボサボサ(ヴィクター)と、セクシー・マッチョ(アンドレ)だったが、これが06年まではデブハゲヒゲと、髪髭ボサボサと、モヒカン筋肉ダルマだったのである(ここを見よ)*1。このようにいうと極めて風采の汚らしい3人組で、見た目は実際そうなのだが、これをライヴで観ると何ともイカしたドイツ人とベラルーシ人の3人組でなのである。CDの録音をライヴで再現できる演奏力を持ち、彼らのキャリアを通してほとんど初めてドイツ語で作詞をした"Gib Dich Nie Auf"("Never Give Up")を書いて、ドイツ連邦を構成する16の州と特別市の代表が参加するBundesvision Song Contest*2(日本語風に言えば「全国テレビ歌謡コンテスト」ぐらいか)に、ピーヴィの出身地であり現在も居住しているノルトライン=ヴェストファーレン(NRW)州の代表として出場するなど、「B級臭さがイイ」と言われた時代は久しく、紛れもなくドイツを代表する(少なくともNRW州は代表したことがある)メタルバンドに成長してしまった。
彼ら、というかヴォーカリストのピーヴィはオーディエンスに向かって終始"my friends!"と呼びかけた。これは勿論今回に限ったことではない。そればかりかロシア公演ではロシア語で「ドゥルーズィヤ!」(друзья/druz'ya)と呼びかけている。「ドゥルーズィヤ」はつまり"my friends"、「友人たち(よ)」という意味である。このように文字通りフレンドリーに語りかけるバンドは少ない、管見の限りにおいては他に知らない(別によそのバンドが「フレンドリー」ではない、と言いたいわけではないので、念のため)。このショウマンシップと、ライヴでの演奏力の高さが、ファンに25年の長きに亘ってこのバンドを支え続けさせた。O-Eastのような小さなハコでも手抜きがなく、小さい会場であるこそオーディエンスとの一体感を大事にしたコール・アンド・レスポンスに手抜かりをしない。わたしは08年のHELLOWEENとGAMMA RAYのジョイントライヴが行われた今はなき東京厚生年金会館で、2階席に上げられて痛い目を見ているので、上手いバンドのライヴは、小さなハコで観るべきだと確信している。