バカ学生とバカリーマン

キャピキャピした男(たち)

「キャピキャピした女」は聞いたことがある人は多いだろう。しかし「キャピキャピした男」はどうだろうか。わたしは、そういう男もいると思う。あるいは「『キャピキャピした女』みたいな男」と言ったらわかりやすいだろうか。

「キャピキャピした男」については、確かに説明しづらい。そもそも「キャピキャピした男」というのは語義矛盾であって、その擬態語は、比較的高い声でワイワイガヤガヤ、ピーチクパーチクとお喋り騒ぐ女(たち)を――侮蔑的に――表現したものであり、比較的声が低い男(たち)に対しては「キャピキャピ」とは言えないかもしれない。

わたしが「キャピキャピした男」に「キャピキャピした女」との共通的を見出すのは、発する雑音の周波数の高低ではなく、その話し方においてである。

午後11時、水道橋の行きつけのラーメン屋でつけ麺を啜っていたときである。あとから4、5人のスーツを来た男たちが喧しく入ってきた――この時点でわたしはイラッと来ていた。耳をそばだてて聞いていた連中の話から察する限り、彼らはサラリーマンか、そうでなければ翌4月から働き出す新労働者のどちらかだろう。

この連中の、とりわけ1人が「マジで!」とか相鎚を打ったり、驚いたりするときに、そもそも喧しい声音を、さらに張り上げるのである――我が郷里では、(極めて)苛立たしい喧しさを「うっつぁしい」と言うが、この男はまさしく「うっつぁし」かったのである。ここはラーメン屋だぞ! 単身者のわたしは内心ムカついていた。ついでに言えばこの男は、男の同僚か大学の友人たちを――それが同行の者たちなのか、そうでないかは判然としなかったが――聞く限り全て下の名前で呼んでいた。ぶっちゃけ、それもなんかウザかった。

わたしが「キャピキャピした男」と呼ぶのは、こういう男のことである。この擬態語の用法が適当かどうかは迷うところだが、わたしが言わんとしているウザ男については理解されるであろう。

わたしがこの店に来るのは、大概決まってわたしの精神衛生がよくないときなので、このときもこのウザ男どもに対してわたしは余計にムカついていた。そういうわけで、頭を冷やし、食ったものを消化するために、水道橋から御茶ノ水まで一駅間をとぼとぼ歩いて帰ることにした。

最高学府はバカばかり

都道405号線の外堀通りお茶の水坂を登り、都立工芸高校、順天堂大学東京医科歯科大学の前を過ぎて、お茶の水橋を渡ったところで、わたしは異変に気づいた。JR御茶ノ水駅・御茶ノ水橋口前のお茶の水交番*1の前にパトカーがパトランプを光らせたまま止まり、小さな人だかりができていた。

野次馬根性丸出しのわたしは、その人だかりの中心が何なのか気になって、覗き込んだ。遠巻きに見てみると、暴れたか何かをしたのであろう、どうやら人が、酔っ払いが警察官に数人がかりで地面に組み伏せられているようだ。そしてこの取り押さえを取り囲んでいた人だかりの大多数は、この酔客の知り合いであるようだ。一様にスーツを来こんだ彼らは、取り押さえられている男を「ロバート」と呼んでいた――顔立ちを見る限り、被疑者は純和風だったが。

「ロバート」の友人たちも観察してみる。彼らはまた一様に、"N"をモティーフとしたらしいロゴマークと、"CST"とがプリントされた紙バッグを手に提げていた。

わたしはすぐさま携帯電話からネット検索を試みた。一番最初に表示されたのは、日本大学理工学部。CSTとは、College of Science and Technologyの略で、日本に多くの理工学部があれど、その略称を用いているのは日大理工学部だけのようだ。いま調べたら、わたしが見たロゴマークは、日大のそれである。

なるほど当地から日大の理工学部棟群は近い。そしてなるほど、今日は日大の卒業式だそうな*2。ということは、「ロバート」は日大理工学部4年の卒業生で、卒業式のあと飲んで酔って暴れて警察のご厄介になっている、ということだろうか*3

わたしの愚弟は日大の付属高校で理型の生徒だったが、奴は「周りの連中は目が死んでいる」と馬鹿にし、自分自身は内部進学をせずに某地方国立大学へ行った。弟の同級生の中には、日大理工学部に進学した者もいるだろう。弟の口の悪さには閉口していた……が、ちょっと納得した。

「ロバート」の友人の1人が言った。「内定取消だ」。正直、酔って暴れて警察の世話になるようなバカ学生がバカリーマンになっては社会の――少なくともこのわたしの!――迷惑だから、内定取消になったほうが世のためだと思う。ついでに言えば、この「ロバート」の捕り物を周りで笑って見ていた友人たちも、酔っていたのかもしれないが、相当の大バカ者たちだと思う。「ロバート」の友人らしき1人だけは、交番の中で椅子に座らされて警察官に説教され、ヘコんでいたが――それが真っ当な反応である。

組み伏せられていた「ロバート」は両腕をしっかり掴まれたまま起き上がらせられたあとも、「俺は最強だ」とか何とかと喚いていた。この「ロバート」がパトカーに乗せられるのは確認したが、そのパトカーが発車するところは見届けられなかった。終電の時間が迫っていたからだ。時刻はもうすぐ午前0時になろうとしていた。

駅へ向かう道すがら、わたしは思った。

ラーメン屋の「キャピキャピ男」どもも、どこかの大学を今日卒業した奴なのだろうか。とすれば、スーツ姿だったことも合点がいく。もしかすると、かつてのこういう男子大学生が、現在のサラリーマンの大半を占めるのかもしれない――だからといって、わたしにとっての不愉快以外は、どうということはない。

*1:http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/1/kanda/policebox/pbox.htm(09年3月25日)

*2:http://www.nihon-u.ac.jp/news/2008/2008000112.html(09年3月25日)

*3:もちろんこれは全てわたしの想像であり、「ロバート」が本当に日大の学生かどうかはわからないので、各方面への苦情や、各方面からの苦情は、いずれもご遠慮いただきたい。