社会人学生はまだいるか

福島大学において社会人学生を受け入れている人文社会学夜間主コース(現代教養コース、いわゆる夜間学部)の説明には、こう書かれている。

働きながら学ぶことの意義

仕事に必要な専門知識を修得したい、広い教養を身につけたい、自分の生活・人生を見つめ直したい…。人文社会学夜間主コース=「現代教養コース」は、そんな社会人の願いに応えるためのコースです。目指すのは、さまざまな知を現実の社会と統合する中で培っていく「専門的知識と現代的教養」。現実の社会をベースに持つ社会人だからこそ、それは可能なのだと、福島大学は考えています。*1

同大のこのコースを、さる2月12日(木)、わたしの中学時代の同級生Sが受験した。彼にとっては24歳にして初めて大学受験であり、わたしはこの男の大学受験を約1年半にわたって支援してきた。

専門学校を半年で中退したあと、Sは地元のフランチャイズ系レンタルヴィデオ・書籍販売店で4年以上もアルバイト社員として勤務していたが、07年の夏に突如として理不尽な理由で解雇された。Sが一念発起して大学受験を決意したのは、解雇の直後のことである。「大学に行きたい」と言うSに「福大におまえに打ってつけのコースがあるぜ」と同大の現代教養コースを勧めたのが、このわたしであった。

このコースの受験資格は、こうである。

(1) 平成21年3月31日現在、年齢満22歳に達している者
(2) 平成21年3月31日現在、年齢満22歳に達していない者で、出願時に就職しているもの(主婦(主夫)業を含む。)又は就職が内定しているもの*2

Sは出願時にも、受験時にも(つまり解雇から現在に至るまで)全くの無職であったが、(1)の要件を満たしているので、同コースを受験することができた。一般的な夜間学部の場合、入学年度に満19歳に達していれば、職業の有無を問わず受験できるのに対し、このコースは、受験生が仕事を持っている(ないし、入学と同時に仕事を持ち始める)か(2)、高卒後少なくとも4年は経っていないと、年齢的に受験できない(1)。

受験を終えたSから電話報告にわたしは驚いた。今年の現代教養コースの受験生60人*3のうち、Sによれば約40人ほどが制服を着ていたというのである。制服組がいずれも高校3年生だとすれば、恐らく上記(2)の資格で受験してきた就職内定者であろう。

わたしは、福大に通っていた高校時代の同級生に、同大の社会人学生について尋ねたことがあった。すると彼は「彼らはホント真面目だよ」と言っていた。自分の両親たちか、それ以上の年齢の社会人学生に対するそうした印象は、前在籍校でわたしが見てきた社会人学生のそれと同じものだった。それもあって、わたしはこのコースに、今春卒業する高校3年生が受験してくるなどとは考えてもいなかった。。

すでに職を持っていたり、またはSのように就業経験がある(年嵩の)受験生以上に、就職が内定している高校生が多く受験してくる事態とは、何を意味するだろうか。正直わたしには、まだ読みきれていない。

22歳未満の受験生の場合、職を持っているか、または持つ予定でなければ受験できないこのコースは、一般学生でも受験できるその他の夜間学部とは異なり、入学後のリスクが大きい。それゆえ第一に考えられるのは、彼らは、親などの学費負担者が経済的に困窮しているので、自分で学費を稼がなければならない受験生である。

現代教養コースは、福島大学の改組に伴って、旧・経済学部と旧・行政社会学部の両方に設置されていた夜間主コースから発展し、平成18年(2005年)度に設置されたものだが、それと時を同じくして、両学部の旧・夜間主コース時代と比較して、現代教養コースの受験倍率が徐々に上がってきている――現代教養コース設置後で一番倍率が高かったのは昨年の平成20年度で、実質倍率は1.6倍(合格者数÷受験者数)だった*4。ということは、05年頃を境として経済的に困窮している家庭が突然増えた、ということはないにしても、最近の大学受験生は、受験校や学部を減らしたり、受験費用を安く抑えられるAOや推薦入試を受験する者が多くなったという報道を聞いたりしていると、いずれにしても大学受験生を取り巻く経済的環境は悪化しているということは間違いない――ここでは詳しくは述べないが、このSこそが相当に困窮しており、いち早い「非正規切り」の最初の犠牲者ということで、わたしは支援に乗り出した。

わたしの前在籍校は「学生のニーズに応えるため」と称して、昼間学部と夜間学部を改組して、前者を今はやりのナントカという4文字学部に、後者を伝統的な1文字学部にした。そして前者をこれまたはやりの昼夜開講制に、後者を完全な昼間学部にし、あの大学からは夜間学部が完全になくなった。昼間学部に比べて学費を安く設定しなればならず、それゆえ儲からない夜間学部は、私立大学を中心に閉鎖や改組が進んでいる。しかしながら、経済的な事情により受験に苦慮したり、それどころか進学を断念する受験生が確実に存在する以上、夜間学部を閉鎖する大学が全ての学生のニーズに応えているとはわたしには思えない――それは、大学の私事化が進んでいる証拠である。

その点で、就業者のために就学機会の門戸を維持し続けている福島大学をわたしは高く評価したい。そのような福祉的な観点に基づく大学教育は、なるほど私学では今後ますます難しくなっていくかもしれない。


(09年2月26日追記)現代教養コース入試の合格発表は2月19日(木)に行われ、Sは見事に合格した。

福島大学の公式発表*5を見る限り、今年の受験者数は58人になっているので、もしかすると筆記試験のあと、面接試験を放棄して途中で帰宅した者がいたのかもしれない。そして合格者数は定員より5人多い45人だった。Sは、45分の58に滑り込むことができたのである。

合格実倍率1.28倍(受験者数÷合格者数)。わたしの予想に反して、今年の倍率は昨年に比べて下がった。まあそのことは、Sにとっては幸運以外の何ものでもなかったのだが。

*1:http://www.fukushima-u.ac.jp/guidance/presentculture/index.html(09年2月14日)

*2:http://nyushi.adb.fukushima-u.ac.jp/yoko_pdf/h21/h21-04shakaijin.pdfにおけるファイル上p.3。強調は引用者による(09年2月14日、要Adobe Reader)。

*3:http://nyushi.adb.fukushima-u.ac.jp/zyokyo/21/h21_3recommendation.html(09年2月14日)なおSによれば、志願者のうち当日に欠席した者はいなかったとのこと。

*4:http://nyushi.adb.fukushima-u.ac.jp/zyokyo/20/h20_zyokyo_tokubetu.html(09年2月14日)

*5:http://nyushi.adb.fukushima-u.ac.jp/zyokyo/21/h21_3recommendation.html(09年2月27日)