ドイツ人新聞記者の目から見た秋葉原無差別殺人事件

Süddeutsche Zeitung『コンピューター天国での殺人事件 東京で起きた凶行:25歳の男が7人を殺害した』(現地時間08年06月10日付、第10面)

日曜日の昼に東京の歓楽街である秋葉原で、狂乱の殺人鬼が小型ナイフで通行人を7人殺害し、少なくとも11人以上のうち何人かは重傷を負わされた。犯人は25歳の男性で、集まる歩行者たちの中にライトバンで突っ込み、車から飛び降りてナイフで3人に襲いかかった。そして彼は叫びながら群衆の中を走り回って人々を野蛮に突き刺し、そののち警察に取り押さえられた。彼は殺人を犯すために〔秋葉原へ〕やって来たという。「私は人生に疲れた」と逮捕の際彼は言ったそうだ。偶然の犠牲者たちは、19歳から74歳までの男性6人と女性1人である。

秋葉原は東京における電子機器販売の中心地であり、当地には技術的なtechnisch〔取り扱いが難しい〕おもちゃを販売する多くの店舗がある。大きなチェーン店だけではなく、プロもアマチュアも利用する多くの専門店が見受けられるが、コンピュータゲームのための専門店がとりわけ多い。日曜日の日中はメインストリート〔中央通り〕が歩行者天国となるが、それはさながらお祭りの縁日のような雰囲気である。東京は世界で最も安全な都市の一つであり、日本では殺人事件発生件数は人口比でアメリカの10分の1、ドイツの4分の1である。大量殺人事件は稀であるが、最近の一件はよりにもよってこの日曜日と同じ日に起こっていた*1。2001年に大阪で発生した大阪教育大学附属池田小学校無差別殺傷事件では、男〔宅間守〕が小学校1年生から3年生〔正確には2年生〕までの児童8人と教諭2人を刺殺した〔教諭2人は亡くなっていない〕。もっともこの年、またしてもいくつかのナイフ襲撃事件が起こってしまい、そのうちの一つは秋葉原と同様のものだったが、大した被害は出なかった*2

他方、秋葉原のような平和な場所でそのように多くの血が流れたことは、日本のどこにおいても今までなかった。まさに血のスクリーンである。秋葉原で人々が買うことができるいくつかのコンピューター・ゲームの中では、プレイヤーたちは――主として若い男性たちなのだが――ジョイスティックで何千人もの人々を虐殺している。彼らは戦車で人間の上を走行したり、戦闘機から街々に爆弾を投下したり、小さな少女をナイフで強姦したりする。何人かの日本人はそのような暴力表現をまさしく執拗に消費している。ヴァーチャルな流血と、人体の切り刻みは、しばしば性表現と結び付けられる。こうした人々はしばしば一匹狼で、秋葉原でソフトウェアを大量に買い込む。もちろん、こうした魅力はヴァーチャルな暴力表現を標的にする。予感させられることとは、まさしく起こりうることなのである。なぜなら日本の社会において暴力表現のタブーは非常に強力なものだからだ。暴力表現が今回のように野蛮な現実となるとき、日本人はヨーロッパ人よりもさらに驚かされるのである。

警察発表によれば加藤智大というこの華奢な殺人犯が、この電気店街を自覚的に犯行現場として選んだかどうかは、明らかにはなっていない。彼を待ち受けるのは重罰である。来年から日本では新たな裁判制度が始まる。この制度は弁護士業界からは批判されている。彼らは今まで以上に死刑が増えると見積もっている(クリストフ・ナイトハルト)。

この記事は、私が6月11日付の投稿*3で紹介した、『ズュートドイッチェ・ツァイトゥング』(『南ドイツ新聞』、SZ)紙による秋葉原の無差別連続殺傷事件を伝える記事全文の翻訳である。

本題に入る前に、ドイツの新聞事情とこの拙訳について述べておきたい。ドイツのゲーム雑誌『ゲームスター』元編集長グンナー・ロット(Gunnar Lott)の語り口からもわかるように、SZ紙はドイツ国内にいくつかある高級新聞の一つである。日本の新聞事情とは異なり、ドイツではアメリカやイギリスと同様に、社会階層によって読まれる新聞が異なる。つまり、『フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング』(『フランクフルト一般新聞』、FAZ)紙などと同様に、SZ紙も学歴も職業も上層に属する人たちだけに読まれる新聞なのである。そして、日本以上に地方紙が多く出版されているドイツにおいて、SZ紙とFAZ紙は二大全国高級紙として認知されている。日本の例で言えば、リベラル左派の前者は朝日新聞リベラル保守の後者は読売新聞に擬せられるであろう――が、ドイツの高級紙は朝日や読売のように程度が低くはない。

それゆえ高級紙は、内容も知的に高度なのである。ドイツ語の勉強として私がよく読まされたのは『フランクフルター・ルントシャウ』という地方紙であるが、これはさほど難しくなかった。高級紙の記事に特徴的なのは、出来事の客観的な叙述だけではなく、その出来事に関する記者の考察が加えられていることである。そもそも私自身がドイツの日常的な名詞に親しんでいない上に(私が親しんであるドイツ語の名詞は、大概学術的なものである)、読む者に教養を求めるような気取った文章で書き連ねられるので、翻訳は結構苦労した。それにもかかわらず、事実誤認が見られるのだから、いただけない。

ちなみにこの記事は、わざわざ母校の大学図書館に出向いてコピーしてきた(と言っても、別件のついでだが)。私の大学図書館ではFAZ紙しか講読していなかった――この辺に、文系国立大学の予算のなさを痛感させられる(以下続く)。

*1:原文はMassenmorde sind selten, einer der letzten jährte sich ausgerechnet an diesem Sonntag...

*2:どの事件を指しているのか、訳者には不明。

*3:http://d.hatena.ne.jp/RYUSUKE/20080611#p1