I always walk alone on Tokyo Millenario.

午後8時過ぎ、有楽町のビックカメラブルジョアマシーンこと電子辞書を購入した僕は、空腹に耐えかねて鳴り出す腹を押さえながら、日比谷駅から千代田線に乗ろうとした。店舗を出た僕を待ち受けていたのは、冷え切った夜の空気と、四散に広がる通行人と、交通整理の声であった。
今日から東京ミレナリオが開催されることは知っていた。しかし東京に住んで3回目のクリスマスであるが、ついぞ参上のお呼びはかかったことがなかった。去年の12月24日も、僕はここにいた。去年は、HDDポータブル・プレイヤーを購入したのだった*1。それは今、僕の独り歩きの大事な相棒である。今も大好きなHELLOWEENの音楽を僕に伝えている。


不幸せな僕は、幸せそうな人の顔を見るのが嫌いだ。不快になる。


だがその時の僕は、とても気分がよかった。秋葉原ヨドバシカメラもどこも、とにかく各店横並びであったブルジョアマシーンの価格を、ビックカメラで2000円も値切ることができたからだ。ポイントは購入価格の20パーセントも返ってくる。
誰も待つ者のいない孤独な「幸せな祝日」(Happy Holidays)である。定期券の有効区間である大手町駅まで歩くのにも丁度よかった。いつものように、散歩がてら東京ミレナリオを見物することに決めた。
お祭り好きな日本人が大挙して押し寄せている――僕もその一人である訳だが。老若男女、猫も杓子もその荘厳なイルミネーションを見上げて魅了されている。そして皆、誰か大切な人と二人、或いは三人、もしくはそれ以上で見上げていた――僕以外は。僕には、みんながブルジョアどもの拝金主義による誤った啓蒙(Illumination)に犯されているように見えた。まあ、縁がないにも拘らず、資本主義のクリスマスに乗っかって買い物をした僕にそんなことを言う資格はないのかもしれないが。
僕の耳元でヘヴィメタルを鳴らしたてるプレーヤーを止めた。今暫し「聖夜の前夜」(Weihnachtsabend)の声に耳を貸そうと思う。どうせ混雑していて早足で通り抜けることは不可能なのである。幸せな人たちがいかに幸せかを五感全てで感じるのも、自分がいかに不幸であるかも再確認するためには悪くない手段だ。


ああ、今宵は外気が特に冷たい。裸の僕の両手は死人のようだ。


ああ、今宵は外気が特に冷たい。厚着を透けて身も心も凍てついてしまう。


ああ、今宵は外気が特に冷たい。邪悪な啓蒙は冴え冴えと輝き渉る。


一キロ足らずの電飾ページェントと群集を抜け、大手町駅へ向かう手前の東京駅に差し掛かったとき、こんな声を聞いた。
ミレナリオ消灯の9時になると、電車が混むぞ」
僕は寒さと空腹故に急ぎ足だった歩みを尚のこと速めた。これ以上幸せな人たちの波に巻き込まれたくない。あの輝けるアーチの中で聞いた、中年カップルの「品川でラーメン食べて帰ろう」という言葉すら耳障りに耳腔内で反響する。


僕は飢えていた。僕は凍えていた。


無限に曲がりくねる地下回廊を通り抜けて千代田線ホームに辿り着いたとき、僕は何故か息を切らしていた。午後4時に起床してから何も食べていない僕の胃袋は疼痛を訴えていた。
警笛を少し長めに鳴らしながら、我孫子行きの電車が到着する。下車する乗客を掻き分けて、僕は座席を確保した。そして、秋葉原で手に入れた早売りのジャンプを読んだ。

※ タイトルはHELLOWEEN"YOU ALWAYS WALK ALONE"('88年、Michael Kiske作曲)より拝借した。

参考ウェブサイト
http://www.nifty.com/millenario/