M-1グランプリ2009・講評その他

毎日jp『ひと:佐藤哲夫さん黒瀬純さん M−1優勝パンクブーブー

「お笑い芸人」という呼称が一般的な中で「自分たちは漫才師だと思う」(ツッコミ担当の黒瀬さん)と、奇をてらわない漫才にこだわってきた。

M−1が始まった01年にコンビを結成し、毎年挑戦してきたが予選敗退が続き、「9度目の正直」で決勝進出、一気に頂点に。とはいえ、「爆笑オンエアバトル」(NHK)の常連で、芸人仲間からも高い評価を受けてきた。

決勝では「今までのネタで最高のものを」(ボケ担当の佐藤さん)と、アパートの騒音問題、そして陶芸家とちょっとおかしな弟子志願者の会話という、オーソドックスなネタを披露。「緻密(ちみつ)な笑いを相当追求している」(オール巨人さん)、「ボケの切り返しが面白い」(中田カウスさん)と、審査員7人の満場一致で優勝が決まった。

「優勝したら他の事務所なら給料10倍、吉本なら1.8倍。今が13万円ぐらいなんで僕らそれでも食っていけない。これまで、でかくて安くてまずいパンしか食べてなかったので、もうちょっとおいしいパンを食べたいな」(佐藤さん)と、優勝後の会見も、なんともつつましい。

さっそくテレビ出演の依頼が入った。「出られるものは全部出たい」(佐藤さん)。「フリートークでスベろうものなら先がないのでこれからです。成長を見ていてください」(黒瀬さん)【油井雅和】

【略歴】さとう・てつお、くろせ・じゅん。佐藤さんは大分市、黒瀬さんは福岡市出身。福岡市でデビュー後に上京した。佐藤さんは33歳。黒瀬さんは34歳*1

今年のM-1の決勝戦に先立ち、わたしは次のような下馬評を立てておいた*2。◎は優勝候補筆頭、○は優勝する可能性がないわけではない、△は無名だが実力を感じさせ、コイツらが来たら面白いダークホース、ほどの意味であった。

それにたいして、決勝戦での順位と得点は、以下の通りである(上位3組のカッコ内の数字は、最終決戦での得票数を示す)。その後ろに上掲のわたしの下馬評を併記してみよう(NON STYLEは敗者復活で上がってきたワイルドカードなので、下馬評はなし)。

  1. 笑い飯 668(0) ○
  2. パンクブーブー 651(7)△
  3. NON STYLE 641(0)(なし)
  4. ナイツ 634 ◎
  5. ハライチ 628 △
  6. 東京ダイナマイト 614 ×
  7. モンスターエンジン 610 ×
  8. 南海キャンディーズ 607 ○
  9. ハリセンボン 595 ×

わたしの下馬評は、優勝者を当てることはできなかったが、しかし下位組を予想することはまあまあうまくいっているという、何とも皮肉な結果を示すこととなった。まあ、敗者復活でNON STYLEであれ他のコンビであれ、誰が上がってくるかは全くわからなかったので、ワイルドカード組の活躍について予想できなかったことは、免罪されたい。

講評

パンクブーブーの優勝は驚きであったが、実は意外ではなかった――わたしにとって意外というのは、例えば、07年に敗者復活から上がってきて優勝したサンドウィッチマンのことなどである。やはり彼らは、「レッドカーペット」などの1分間では時間が足りていなかった。番組終了後電話で話をした愚弟に「昔はオリエンタルラジオのパクリみたいだった」と言われて思い出した。ボケが顔面偏差値の低い面長で、ツッコミがカラフルなメガネをかけ、そして2人ともオシャレスーツを着ていたら、もうそれだけでオリラジのパクリになりそうだが、確かにそういう印象があったのは事実である。しかしながら漫才の腕だけで言えば、今のパンクブーブーはこれまでのどの瞬間のオリラジよりも(彼らが「武勇伝」をやっていたときよりも)面白いことは間違いない。

ちなみに12月21日(月)、関東ローカルの深夜番組「お願いランキング」(月〜金の帯番組、0時20分〜)にパンクブーブーが出演していた。番組の収録は決勝戦の5日前とテロップが出ていたので、12月15日(火)だと思われるが、確かにフリートークはあんまり面白くなかった。まあ他の共演者はU字工事にフルーツポンチで、この連中からして他の共演者の笑いを拾えるほどのテクニシャンというわけでもなく、もちろん彼ら自身(とりわけフルポン)のフリートークが面白いわけでもないので、比較しようがないと言えば、その通りだ。

まあM-1はあくまでも漫才のナンバーワンを決めるレースなので、テレビに出演する上で必要なフリートークの腕はこれからテレビで磨けばいいだろう。

わたしが優勝候補の最右翼に挙げておいたナイツは、ハナという出番が明らかに不利に働いたことは言うまでもないが、くじ運の妙はいかんともしがたい。しかしくじ運以上に、彼らのネタの選びかたが適切であったとは思えない。寄席で披露する年寄り向けのような、ややテンポがゆっくりとしたネタよりも、いつもの「ヤホー」のほうが明らかによかった――彼らの出番が、客席がまだ暖まっていない1番目だったのだから、尚更である。

鳥人」で島田紳介から100点をとった笑い飯だが、やっぱりわたしは彼らの笑いが“最高に”面白いとは思えなかった。もちろんわたしにとっても彼らが面白くないわけではないが、今大会で言えば、「鳥人」は確かにナイツよりは面白かったが、NON STYLEの1回目ネタ「100年早いんだよ!」のほうが面白かった。つまりわたしは、ネタ1本目の時点で彼らは630から640点程度で第3位だったと評価している。もっともこれは好みの問題で、単にわたしがシュールよりも正統派、関西よりも関東の笑いが好きであるということを意味しているにすぎない。

それにしても、わたしは笑い飯M-1を獲らなくてよかったと思っているのだ。というのも、8回も連続で決勝に出ているのに1度も獲れていないほうが、芸人としてはオイシイだろう。それに、8回も連続で出ていて、最後の最後に獲ってしまったら、それこそ吉本の力で獲らせてもらえたなどと疑惑が起こったり、少なくとも揶揄されたりすることが予想される。「8回連続決勝進出、しかし無冠」という称号のほうが、そもそもダブルボケという正統派ではない漫才コンビの彼らにふさわしい気がするのだ。

ただ、最終決戦のネタはイマイチと言わざるを得ない。しかも番組の放送がゴールデンタイムであるにもかかわらず、「チンポジ」を連呼するとは何事であろうか。しかもそれがネタの締め括りだったのだから、彼らが何を考えていたのかわたしには理解できない。いみじくも紳介と松本人志が「笑い飯には2本目のネタがない」と予言していたのが見事に的中していたのが、恐ろしかった。まあ来年も「笑い飯枠」があるのだから、がんばってほしい。

NON STYLEはナイツと異なり、去年と同じようなテイストのネタで勝負したことが奏功したように思われる。感想としては、紳介の「ネタの最後の1分でダレた」という発言にわたしは同意する。本人たちがどう思っているかは知らないが、M-1の舞台への、よく言えば「慣れ」、悪く言えば「慢心」がそうさせたような気がする――個人的には、M-1勝戦舞台における、ノンスや笑い飯のリラックス振りに比べて、初進出組であるパンブーやハライチのど緊張振りが初々しく、見ていて好感が持てた。

そのハライチだが、ボケの岩井がネタ中にやっぱり笑ってしまった。ヴィデオで確認限りでは3回笑っている。だから言っただろうが馬鹿野郎! それと現行の「ノリボケ漫才」で4分はやはり長すぎた。今回は「こんなペットを飼いたい」、「●●なペット」という切り出しでネタが始まったわけだが、1つの切り出しで4分を持たせるよりも、1つの切り出しで1分やり、それを4つやるというショート漫才を連ねるやりかたのほうが、面白いと思う。ついでに言うが、M-1のメインスポンサーはオートバックスなので、ネタの冒頭で仔犬が(恐らく車に)轢かれていた話をするのはご法度だろう。

M-1に忘れ物をしてきた」という東京ダイナマイトは、果たして本当に忘れ物を取りに来たのかと聞いてみたいネタであった。シュールなネタはともかくとして、ハチミツ二郎はもっとツッコめ。M-1は4分しか時間がないので、とにかくボケ倒し、ツッコみまくるのがセオリーになりつつある。ネタ中にボケの松田が延々と「勝利の喜びを伝えたい人の名前」を挙げ連ねるが、この間が、M-1ではダレに繋がるのだ。

モンスターエンジンは、ネタの内容では最低だった。連中はこの番組の放送時間帯がゴールデンタイムだということを理解していなかったのだろう。何よりもゴールデンタイムに露骨な下ネタはもってのほかである(「チンポジ」がセーフかアウトか、判断は分かれるところだ)。わたしも呆れて観ていたが、そうしたら審査員の中田カウスが言ったように、観客席も引いていたようだ。いずれにしても関西の芸人、恐らくとりわけ関西吉本の芸人がよく出演している関西ローカルの番組と、全国放送の番組とでは、ゴールデンタイムにふさわしい発言とそうでない発言とを分ける番組倫理が違うのであろう。そしてわたしは彼らについてこう予言しておいた。「結局総合的に実力不足である」。結局、これが全てだろう。

ちなみに彼らもネタ中に「ガソリン代がかかるからスキーなんか行くな!」と絶叫していたが、つまり車を使うなと言っていることになるわけで、メインスポンサー的にはタブーであろう。

南海キャンディーズも、私の予想通りだったと思う。つまり、山ちゃんのツッコミにたいしてしずちゃんのボケが大して面白くなかったということである。それともう1つ、やはり4分間という短い時間の間で動きのある、舞台を左右に大きく使うネタというのは、やはり不利である。せっかく山ちゃんの鋭くも奇抜なツッコミがあるのだから、もっとしゃべくりの漫才に寄っていったほうが面白くなるのではないか。

わたし自身はハリセンボンが最下位に伍せられるほどつまらなかったとは思わない(まあ正直、東京ダイナマイト以下の下位組は、誰が何位でも大して変わらないとは思うが)。それ以上にわたしが彼女たちに感動させられたのは、彼女らが「角野卓三」や「ミイラ」を封印し、自分たちの容姿の美醜をネタに使わなかったことだ。ネタの「煮物」に沿って、近藤の「涙」を「煮汁」と表現したのは、ご愛嬌だ。わたしは「エンタの神様」を録画して観るのだけれど、彼女たちのネタは大抵飛ばしていた。というのも「角野卓三」「ミイラ」と双方の美醜をイジりあう様は観ていて痛々しいからだ。今回のネタを観て、ハリセンボンは漫才師“である”とは言わないが、今後漫才師にも“なりうる”とは思った。

ついでに、07年に決勝初進出したとき、彼女たちは審査員の上沼恵美子に「女芸人は恋をしたら面白くなくなる」と言われた直後に、箕輪に熱愛報道があったが、このこともこの女性コンビには例外的に功を奏したであろう。熱愛報道のあと箕輪は漫才で声を張れるようになったような気がするのだ。

続きはあるが、漫才師たちのネタにたいする講評はここまで(疲れた)。このあとはあまり本質的ではないことについて言及したい。